The Strange Assessor
第一話 査定物――M92F/FS
1.
人口十万人の地方都市三庫市。
街の中心部から離れた住宅街の中に、リサイクルショップ『千里堂』は店を構えていた。住宅の一階を改築した店内は、看板と入り口のショーウィンドウがなければ、どういう店なのかが判りづらい。
「お支払いの方、こちら二千円となっております」
朝都子桜はレジスターからお金を取り出して向きを揃えてから、両手で商品を売りにきた女性に手渡した。
黒のスカートに白のシャツとベストという彼女の仕事着は、見る人によっては会社員と思われそうだ。縁のない眼鏡に、頬まで届きそうな前髪越しの視線は、偏屈な印象を与える。
「……次は高く買い取ってよね」女性は不満ではあるが納得したという表情をする。
「衝動買いを控える方が先だと思うけど?」
女性は思い切り眼をそらしたが、子桜は追求しなかった。これ以上は商売に影響してしまう。なにしろ、彼女はお得意様だ。
女性が店を出るのと入れ違いに、男性がガラス張りのドアを力任せに開けた。
「遅れてすみません!」
かすれた声で言いながら、中背の男性が店に入ってきた。走ってきたのか、肩で呼吸をしている。気弱に笑う表情は、遠くから見ると女の子みたいな容姿だが、近くで見ると可愛い男性に見える。
「あと二十秒以内にタイムカードを切らないと、十五分の労働が無駄になるよ」子桜は椅子に座りながら、わざとらしく腕時計に視線を落とした。「まあ、奉仕活動は奨励するけど」
何度か、まばたき。次の瞬間、彼は大慌てで店の奥へと駆け込む。タイムカードの打刻音が子桜の耳に届いた。
店の奥から出てきた男性は、酸素を貪るように吸い込みながら、子桜にタイムカードを差し出す。白いカードには、<アルバイト/神林錬司>と記入されている。近くにある公立大学の二回生で、子桜の後輩だった。今のところ。
従業員はこの二人しかいないため、タイムカードはさして意味をもたないが、子桜は仕事に関して、なんでも形から入るのが好きだった。
「時計が二分遅れたままだって、何回言った?」子桜はタイムカードを受け取って、足元に置いてあるペットボトルを差し出した。「飲む?」
「飲みかけじゃないですか。いいんですか?」
「ええ、構わないわ……」声音を柔らかくして、子桜は同意する。
錬司はキャップを開けてから、何故か切迫した表情をする。それから一息に飲み――思い切りむせた。
「すっごく不味いでしょう」
子桜はにやにやしながら錬司を見上げた。笑うときの彼女は、二十五歳という年齢よりも、ずっと若く見えた。
錬司は床に突っ伏しそうな勢いで咳きこむ。
「やっぱり、食べ物関係の不幸はわかち合わないと」
「誰かが身体を張って、堤防になるべきだと思いますが……」涙目になりながらも、錬司はがらがら声で言う。
「昔っから好きな台詞があるんだけど……、解る?」
「この恨みはしばらく忘れません、でしたっけ」
「俺だけ幸せになってやる、よ」
錬司が反論しようとした時、ドアの上に取りつけてあるベルが鳴った。いらっしゃいませ、と二人は反射的に頭を下げた。
初老を通り過ぎた、薄い茶色の背広を着た男だった。身長は子桜よりも低いが、年齢相応の骨太な容姿とは対照的に、機敏そうな印象がある。
彼は商品には眼もくれず、二人がいるカウンタに大股で歩いてくる。子桜の横に立っている錬司と座ったままの子桜を一瞥した。監視装置を思わせる、油断のない視線だ。
「長谷部庸一といいます」懐から警察手帳を取り出した。
「どういったご用件でしょうか?」子桜は表情を無表情になって問いかける。
「落ち着いた店構えですね」長谷部は適当に店内を見回す。「売れゆきはいかがなものですか?」
「どういった、ご用件でしょうか」足を組んで、同じ言葉を繰り返す。
警察にあんな物言いをして大丈夫なのだろうか、と錬司は心配そうに子桜の横顔を見詰めた。
「……この人を見かけた事がありますか?」煙たそうに子桜を見下ろしながら、長谷部は手帳から一枚の写真を取り出す。「この辺りに住んでいるという話なのですが」
ぴっ、という音。素早く子桜は手を伸ばして、ひったくるように長谷部の手から写真をもぎ取った。一秒だけ写真を見ると、長谷部を座ったまま正視しながら、スナップをきかせて錬司に写真を渡す。ぴっ、という音がまた聞こえた。
長谷部は子桜を睨みつけた――それから何にでも詮索してきた、気だるい視線で錬司の反応を観察する。
「申し訳ないですけど……、見たことがないですね」
写真から顔を上げると、錬司は申し訳なさそうに写真を長谷部に返した。
「そうですか」彼は錬司から写真を受け取った。「もし見かけたら、ご連絡いただきたいのですが」
「あ、はい」
「理想的な状況でしたら」眼を細め、口元だけで笑む。
「どういう事ですか」長谷部は既に子桜を敵視していた。「説明していただけますか?」
「例えば……、銃口を口に突っ込まれている時とか」挑発するような上目づかいをして、間を取る。「この場合、電話なんてできませんものね」
顔を歪めていた長谷部の眼が大きく見開いた。「何故、その事を?」
「電波を受信したんです」
子桜は自分のこめかみを人差し指でつつく。長谷部の眼差しは不審者を見るような眼に変わった。
子桜はその指を入り口に向けて、「これからタイムセールの時間なんです。お引き取り願えますか?」
「……ご連絡、お願いします」
錬司だけに頭を下げて、長谷部は店を出ていった。
ドアが閉まると、子桜はレジの側にある有線の電源を入れた。天井のスピーカから、以前大流行した曲のピアノアレンジが聞こえる。
「お巡りさんにあんな口をきいちゃっていいんですか? しかも電波なんてめちゃくちゃなことを言ったりして……」
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