小説TOP
The Strange Assessor
〜 第一話 査定物=M92F/FS 〜 Page:0002 
BACKPAGE NEXTPAGE


「うちのネット環境は無線よ」座りなおして、「嘘はついていない」
「だからといって――」
「公僕は、納税者に誠実であるものでしょう」錬司の言葉を遮断すると、床からペットボトルを拾いあげ、残っていた中身を一気に飲み干した。「舌が慣れると美味しいかもしれない」
「良い人そうだったじゃないですか」錬司は話題を元に引き戻す。
「何処に誰が住んでいるなんて、公権力を濫用すれば調べられるでしょう。それなのに写真の情報は何一つ言わなかった。そもそも……、警察のどの所属かもはっきりさせないのよ」頬杖をついて錬司を見詰める。「そんな奴が良い人だと?」
 錬司は子桜の視線から顔をそらして、
「じゃあ、偽の警察だと……」
「本物の警察官だと思う。ただ、彼は情報を伏せただけ」また口元を斜めにする。今度は眉間に皺が寄っていて、ふて腐れていた。「わが国の政治家じゃあるまいし、向こうだけで話が進むっていうのが気に食わない」
「警察ってああいうものじゃないですかね」
「そういう陳腐な慣習こそ打破しなければならないのよ」
 子桜のやや危険な台詞に、錬司は引きつり笑いをするしかなかった。
「そういえば……、写真の男を知っているんですか?」錬司はまた話題を変える。
「写真なら何度も見たことがあるし、錬司も間接的になら知っていると思う」
 錬司は首をかしげるが、子桜は質問には答えないで有線のスゥイッチを切る。常に音楽が耳に入っていたせいか、不思議なくらいに静かだ。
 椅子に深く腰かけて、入り口と真正面に向きあう。
「さあ、約束の時間ね」
 店のドアが音もなく開く。
「いらっしゃいませ」
 二十代くらいの男が眠たそうな眼を店内を巡らせた。
 錬司は一歩、後じさった。
 写真の男が、目の前に、立っている。
 黒っぽい灰色のシャツジャケットにジーンズ。短い黒髪におっとりとした容姿は、何処にでも一人はいる学生といった風体だ。しかし、錬司の知っているどの学生とも、表現できない何かが決定的に違っていた。
「彼が今までニュースで騒がれている連続殺人鬼、三國貴彦」子桜は短く言葉を切って、「深いニュースサイトに行けば、解像度の低い写真だってある」
 子桜の低い声に、三國は笑いながら鼻を鳴らす。彼の笑い方は、達観して、疲れ切ったものにしか、聞こえない。