2.
「あんたが話の……」三國貴彦は、腕組みをして子桜を見下ろす。彼の表情は小生意気な少年を思わせた。「俺は爺様だと訊いていたんだが……、あんたで大丈夫なのか?」
「事情がございまして」真っ直ぐに三國を見詰める子桜。「それでは、商品を拝見したいのですが」
「見せるのは構わないんだが」視線を錬司へ。「隣にいる、今にも噛みついてきそうなガキは何者なんだ?」
小馬鹿にしているような三國の眼差しから、錬司は眼をそらさない。子桜を侮辱するのが癇に障る。いつでも飛びかかれるように、踵を少し浮かせた。
「……彼はバイト学生です。それが何か」
「いかにも取り巻き、って感じじゃないか」
言葉を切った次の瞬間――金属音。錬司の眉間に黒い銃口が触れていた。
「俺はこういう奴が嫌いなんだ」
眼前の銃口が理解できない錬司。しかし生存本能が拳銃の威力を直感する。眼に怯えが浮かぶ。そんな自分が許せなくなる――三國に対する恐怖と怒りで、視界が狭まってゆく。
「そちらが査定物でしょうか」
彼女の声と視線は、子供の喧嘩を仲裁する教師のような客観性を帯びていた。三國はやる気をなくした、というように銃を下ろした。拳銃をカウンタに置く。ごとり、と重量を認識させる音が静かな店内に反響した。
ベレッタM92F/FS――米国軍制式拳銃にも採用されているオートマチック・ピストルで、装弾数は15+1発。機能を追求し、黒い光沢がデザインのスマートさを強調していた。
「良いね……、これ」
子桜は何度か指先でグリップを撫でてから、手に馴染ませるように握る。鉄の硬質な冷たさが骨まで染み込む。本質を理解しようという冷徹な眼と、査定内容を想像した笑顔とが、ないまぜになった複雑な表情が浮かぶ。
「査定をさせていただく際に、お時間を三時間ほどいただきますけれど……、よろしいでしょうか」
「時間がない」顔をしかめながら、三國。「……まさか、俺をはめるつもりじゃないだろうな」
「長谷部とかいう刑事のこと? 私がこの綺麗な査定物を放棄するとでも……。貴方、意外と小心ね」彼女の視線は、酔っているようにうっとりとしている。
子桜の一言に、三國は脱力した。「で……、あんたが査定をしている間、俺はどうしていれば良いんだ?」
「お好きに」言いながら立ち上がって、「私が査定している間なら、死んでようが生き返ろうが、好きにしていて構わない」
「……時間が経ったら戻る」錬司を見やり、「査定が終わるまでに、この女を正気に戻しておけ」
錬司は別領域へ旅立ちかけている子桜を見て、溜め息をついた。「解った」
「待って」
三國はドアノブから手を放さずに振り向くと、こちらの世界に戻ってきた子桜が、真剣な顔つきで彼を正視していた。
「これを売った後、貴方はどうするつもりなの」
「どうして、詮索を?」
「査定に必要だから」子桜は両手でグリップを握る。「貴方のことなんて興味ない」
「矛盾した事を言いやがる」三國は肩をすくめて、「……何もせずに暮らすつもりでいる。犬を飼ったっていい」
「関係ない人を撃ち殺して、それで手に入れた金で幸せになると?」
「そう言うあんたは、人殺しをした拳銃に金を払うという訳だ」
「そのとおり。で、何故このベレッタを破壊しないの? 私に売るより、ずっと確実な証拠湮滅になるはずなのに」
「俺がやった事を残しておきたかったという単純な理由だ。これで満足か」
向き直る三國。半身になり、顎を引くようにして子桜を凝視する。感情の窺えない視線が子桜の視線と衝突した。
微かに首を傾げるようにしてみせる子桜。微かに長い前髪が揺れる。レンズの向こう側からの視線は、ただデータを受信しようとする意志だけがあった。
深く、彼女は頷いてから、
「ありがとうございます。それでは、三時間後に」
*
『準備中』の看板を入り口に取りつけ、子桜と錬司は店の奥に入る。そこは在庫を保管する倉庫になっていた。左右の壁にはスティール製の棚があり、買い取ったままの商品が、大量に詰めこまれていた。さらに奥へ進むと、子桜の居住空間になっている。
「開けて」
床の中央に、アルミ枠で囲まれた、一辺が一メートルの正方形があり、その中心部には、はめ込み型のノブがある。
錬司は屈み込み両手で引っ張ると、ハッチが開いて、地下に降りるための階段が電灯の光にさらされた。
子桜が先に降りて、錬司は後についてゆく。
階段を降りた子桜は、手探りで壁にある明かりのスウィッチを押す。蛍光燈が何度か点滅して、空間を白色の光が照らした。
個人住宅の地下とは思えない空間が拡がっていて、コンビニくらいなら営業できそうなくらいに広い。階段を降りてすぐ右側にドアがあり、子桜専用の倉庫になっている。何故か部屋の隅には学習机があり、何もない部屋で浮いた存在だ。
机の上にはノート型PCとワイヤレスのルータ。錬司はPCの電源を入れてから、引き出しを開けて、五百円玉くらいの大きさのシールと、豆粒のような装置を取り出す。
机の上にシールを広げ、その中央に装置を固定した。完成品はエレキバンのように見えた。
子桜は錬司の側で、こめかみ、手首、胸の辺りにジェルを塗りたくり、用意されたシールをジェルの上から張りつけてゆく。彼女は錬司がPCに向かっている間に、倉庫へと向かった。
錬司はトラックボールを操作して、ソフトウェアを起動させる。かりかり、とハードディスクのシーク音。
二つのソフトが起動すると、画面の上下に二つのウィンドウが表示された。どちらのソフトも、ウインドウ内に方眼紙のような、蛍光色の黄緑の線が入っている。
倉庫から出てきた子桜は、スライドを引き、装填――チャンバリングしながら地下室の中央に立つ。前腕にひっかけていたイヤーマフを装着し、安全装置を解除した。
かしり、という低い音が部屋の中に響く。
「始めようか」
子桜は不敵に笑いながら、引き金を引く。
銃声が反響した。
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