3.
銃声とともに、錬司の手の中でベレッタが跳ねた。肩にぶつかって鎖骨方向へ広がる衝撃に顔をしかめた。
「両手で構えないから、そういうことになる」
「映画だと、二丁拳銃で撃ちまくるじゃないですか……」錬司は右腕を振りながら、痺れをごまかす。
「中学生みたいなことを言わない」呆れながら、子桜はある一点を指差した。「まあ良いや……、見て」
子桜の指差す方向には、金属片まで分解されたアルミ缶が転がっていた。
「信じられないでしょう」
「……何がですか?」
「判らないかな……。素人じゃあ数メートル先の標的に命中させるのだって難しいとされているのに、片手で、それも狙いのつけかたさえ知らない錬司が、一発で命中させているのよ」
的にしたアルミ缶と、手にしている黒色の拳銃とを、錬司は交互に確認した。
「言われてみれば。構えた瞬間に、すぐに狙いが定まったんですよね……。射的とかだと難しかった気がするけど」
錬司の言葉に、子桜は満足して頷く。
「物には魂が宿る、という言葉は今も根強い。宿る、というのは仮の住処とするとか、一時的っていう語感が強いって辞書に書いてあるの。魂――類似変換すれば心。これは一時的なものなのよ」
錬司は頷いて先を促す。彼は子桜の思考を知ることが大好きだった。
「それに対して、使い続ける事によって、物に備わる人間の思考のシステムは、システムゆえに秩序だっているから、劣化の度合が遅く、精度が高い。例えば、このベレッタみたいにね」一息ついて、「使い続けることで、弾丸を正確に命中させようというシステムが明確化され、最適化されてゆく訳。私は査定をする事によって、このシステムを造ったバックグラウンドを見極めたいのよ」少し照れたように目を伏せてから、「これは叔父の受け売りだけど……」
錬司の手を包むように握り、彼の手から拳銃を受け取る。スライドを後ろに引くと、弾丸がイジェクタから飛び出した。
「動作チェック、問題なし」両手で構えてから、ゆっくりと銃を下ろす。「PCの方をお願い」
「はい!」
子桜は前髪を押さえて、額を露出させる。そこに銃身を押しつけた。意識を鮮明にする冷たさ。額に発生した温度差から、システムが染み込んでゆくような錯覚。
硬く目をつぶる――何も見えない、何も感じない。
イヤーマフの内側にあるマイクから、錬司の行動が音声変換されて、耳に届くだけ。
『始めます』
錬司はリターン・キィを二度叩く。
二つのソフトウェア――在宅医療に用いられる計測ソフト。子桜の身体に取りつけたセンサが、脳波、脈拍を数値化して、電波によってルータにデータが送られ、リアルタイムでグラフ化される。
上下のウインドウに、二つの波線が出現し、一定の速度で右へと動きだした。上の滑らかな曲線は脳波で、下のぎざぎざの線は心拍を示す。ぴっ、ぴっ、という電子音に、錬司は集中する。
上下のグラフに二つめの波形を加えた。黄緑色のグラフに対して、今度は白色だった。黄緑色のグラフのほうが、一センチほど背が高い。
「フィードバック基準曲線表示……。脳波、脈拍ともに下方修正してください」
バイオ・フィードバック――アメリカの研究者、エルマー夫妻が長年調べ続けた、人体の操作法である。脈拍、脳波、鼓動などを視覚化、または音声に変換することによって、被験者にリアルタイムで解るようにしておく。被験者が自分の脈拍などを『見ながら』意識をすることによって自律神経系を操作できるようになる、というものだ。
錬司の言葉を知覚する――子桜は息を吐いて脱力してゆく。眼鏡のブリッジが体温で生暖かい。前髪の毛先が頬をつついているような感覚。
静かに。考えない。何も。錬司。脳波を下に。何も。脳波。
黄緑色の線が低くなり、脳波のグラフがぴったり重なると、グラフがマリンブルーに変色した。ぴぴっ、と少し違う電子音。
「脳波一定しました」錬司の緊張した声。「脈拍の下方修正」
今度は濁音ばかりの心臓の動き、音へと集中する。
どくり、とくり、どく、どくっ……。
心臓の操作は、脳波に比べて難しい。脳波は思考する事によって自然に操作しているが、心臓の動きは受動的な要素が多いためだ。
「脈拍、八十七、八十三、八十四、七十九」
いつもより脈拍が高い。一瞬だけ、ベレッタを握る手に意識を割り当てた。冷たく、硬い――私の査定を待っている。
「七十……、六十……、五十……」合図の電子音。「基準曲線に一致しました」
鼓動の速度、減速。ブレーキを意識する自分。動いている、けれど止まらないという意識状態にもってゆく。
「両方を維持してください」
何も起きなければ、維持するのは簡単だ。
けど、何かを起こすために、査定をする。
脈絡なく、何かが現われた。
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