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DEVILSCARNIVAL
〜 最後の時〜 Page:0003 
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「葛木、何言ってるんだよ。オレたち、友達だろ。ほんの冗談じゃないか」
 俺は無造作に石を振り上げる。
「そうだろうな。いつもお前は……笑ってた!」
 寺井の悲鳴が無人の校内に響き渡った。
「死ねよ……死んじまえ! お前が楽しんだ分、俺だって楽しんでいいんだよな!」  絶叫が何度も俺の耳を貫く。俺は力の限り、石を叩きつけた。
 校舎の窓に俺と寺井が写る。恐怖と殴打によって歪んだ寺井の顔。そして……恍惚とも言える薄ら笑いを浮かべて鮮血に染まった石を振り上げている俺。
「やめてくれ! 葛木っ……やめっ……」
「誰が誰の友達だって!? 笑わせるな! お前なんかっ……!」
 柔らかく、だが固いものを俺は叩き砕く。そのうちうるさい音の出なくなった汚らしい肉の塊に、俺は何度も何度も石を打ち付けた。
 返り血が飛び、それを砕く事に快感を覚える。
 何度目かの殴打でふいに腕の疲れを感じ、俺は手を止めた。石を投げ捨て、ふと、寺井だったものを見る。
「……死んで……る?」
 急激な吐き気を催し、俺は頭を抱えて悲鳴をあげた。
 顔と手の血を寺井のシャツで拭い、夕暮れの町へ俺は無我夢中で駆け出していた。


           3


 すっかり日が暮れ、俺は自室の真ん中に立ち尽くしている。
 姉さんはまだ仕事だが、もうまもなく帰ってくるだろう。そして俺の血まみれの姿を見て軽蔑する。非難する。
 殺人者、と。
「俺……どうして……」
 声に出して呟いたつもりだが、声になっていなかった。
 俺はふと、机の上にあるペン立てに目をやった。そのまま無意識にカッターナイフを抜き取り、刃を目いっぱいまで押し出す。
 俺は笑ってたんだ。寺井を殺しながら。
 なぜか笑いがこみ上げてくる。そして―――カッターの刃を手首へとあてがった。そのまますっと引く。
 関心する程、物凄い勢いで血が零れる。姉さんと一緒に選んだ空色の絨毯をどんどん汚していく。血の跡は……消えないんだ。もうこの絨毯は使えないな。
 もう一度、同じ切り口をカッターの刃でなぞる。引っかかったのは骨か?
 俺は小さく笑う。こんなに簡単に手首が切れていいんだろうか? なぜだか可笑しい。
「圭ー、帰っってるのー?」
 帰宅した姉さんが廊下を歩いてくる。もうドアの前だ。
 俺はカッターナイフの刃を、喉に突き立てた。ピィンという高い音と共に刃が折れて弾け飛び、足元に落ちる。
「圭、帰ってるなら電気くらい点けなさいよね。全く、何を遊んで……」
 ドアを開けた姉さんが一瞬にして蒼白になり、声にならない悲鳴をあげた。
「……おかえり、姉さん」
 いつもどおりに微笑んで、俺は姉さんを見た。けれど、俺の視界がぐらりと歪み、目が見えなくなった。
 俺の体が温かいもので包まれる。姉さんが……抱きとめてくれたんだろう。俺の大好きな姉さん。
 痛みはない。ただ……ふわふわと浮いた感じが心地良かった。


            4


「どうしてあたしを待たないのよ!」
 金切り声がして、俺はうっすらと目をあける。
「はじめまして。私はエファーといいます」
 ティナがいる。もう一人、ティナとよく似た奴。
「契約違反するつもり!? 契約したのに勝手に手首切るなんて、あんた頭おかしいんじゃないの?」
「ティナ」
 怒り狂うティナを制し、エファーはにこりと微笑む。
「契約の事がありますので、勝手にあなたを蘇生させていただきました」
「蘇生……?」
「馬鹿相手にするのは面倒ね。説明してあげるからよーく聞きなさいよ」
 俺は辺りを見まわし、ここがアパートでも病院でもない事に気づいた。しかも手首にも喉にも傷を負っていない。あれだけ切り刻んだのに。
「この場所に関しては、あんたたち現実世界の人間の理解を超えてるから、夢の中って解釈すればいいわ。で、あんただけど……」
 手首を切った俺は姉さんによって病院へと運ばれ、手術して命を取り留めたらしい。それには、ティナたちの暗躍もあったようだ。
 魔法という力を持っているティナたちは、それによって俺の命が消えるのを必死に防いだらしい。で、俺は生き延びた。
 そして今いる俺は、俺という人間の精神体。体と別れてるって事は、幽体離脱みたいなものだろう。肉体は俺によってボロボロに切り裂かれて麻酔で眠っている。だが俺の精神体はこうしてティナたちと会話できる場所にいる。
 しかし、こんな事があっていいのだろうか? 夢なんじゃないだろうか?
「ティナ、俺は……」
「怪我が治ったら!」
 ティナが膨れっ面で俺を睨んでくる。
「体の怪我、治ったら契約を果たしてもらうわ」
「契約……」
 エファーが自虐の笑みを浮かべ、背を向けた。その背には光を宿した翼があったが、黒い鎖でがんじがらめにされている。乱れた羽根が痛々しい。
「呪いを掛けられています。これを……外してください」
「この呪いを解くには、圭の力が必要なのよ」
 訳がわからず俺が首を傾げていると、エファーは伏せ目がちに俺に顔を向ける。
「特殊なものを持っているあなたの……命をください」
「特殊なものって……?」
「圭はエファーと相性がいいらしいのよ。相性がいい人間の命によって、エファーの呪いは消えるわ。生贄ね」
 恐ろしいことを平然と口に出すティナ。だが不思議と、俺に恐怖心は芽生えなかった。