春風奇譚
【序章】 語りべの詩
その昔、天の使いの化身と崇められる神子たちの治める国があってな、神子たちは広大な島を幾つかの領土に分け、その領土を更に細分化し、統治していたんだ。
ああ、そう難しく考える必要はないよ。今から語ろうという話は単なる昔話。遠い昔のお話。
いつの時代でも、黄金には魔力がある。人の心を惑わせ、獣の思考を狂わせる。人や獣だけでなく、時には魔物といわれる生物までも。
あんたたちは遭った事がないだろう? 魔物っていう生物は恐ろしいものなんだよ。出会ってしまったら逃げる手段なんてないんだ。運が悪かったと諦めるんだね。
ある神子の管理する領土の中で、良質の黄金が採取できる土地があった。だがその黄金は人が手を付けてはいけないものだった。なぜなら、不幸を招くものだったから。黄金の発掘される場所には引き寄せられた魔物がうようよいたんだよ。
その黄金が発掘される金山を見つけた領主は、その魅力に取り憑かれ、民を発掘に向かわせては死ぬまで働かせるという行為を続けていた。無論、民たちが黙っている訳は無い。だが、歯向かう手段がなかったんだよ。魔物だけでなく、領主も恐ろしかったんだね。
領主の過ちに気付き、一人で行動を起こそうという若者がいた。
領主の息子だ。
山間の奥地にあったその金山は入り組んでいて、地図なしでは辿りつけないんだ。だから息子は父親に過ちに悔い改めて欲しいと、その地図を持ち出して姿を眩ませたんだ。領主は躍起になって息子を捜したさ。けれど息子は見つからなかったんだ。
領主が息子に気を取られている隙に、民は領主を打ち殺した。黄金の都『蘇葉』は滅したんだ。
だけど幻の金山の情報は他の都の領主たちにも知れ渡っていた。
領主たちは蘇葉の都の息子の行方を捜し続けたんだ。人間の執念というものは恐ろしいね。そして……見つけたんだよ、一人の領主が。
水母という農業の盛んな都の外れ、山奥でひっそりと暮らしていたんだ。一人でなく、妻を娶り、子供がいた。
妻も子供も息子の正体や金山の事は知らない。それが不幸の始まりだったんだね。
やはり黄金は不幸を招く不吉の象徴だったんだ。
息子は水母の領主に見つかり、拷問を受けて金山の地図の在り処を迫られた。けれど息子は吐かなかったんだよ。
そんな態度が気に食わなかったのか、水母領主は息子の目の前で傭兵たちに命令し、妻を切り殺させたんだ。息子は悲しんだろうね。妻の亡骸を抱いて錯乱し、その様子を見た水母領主は傭兵たちを置いて逃げ出した。何があったのかは伝え聞いてないんでね。よくは分からないよ。ただ……ただ、その山小屋は火に包まれたんだ。一瞬でね。
傭兵たちはもちろん、妻も息子自身も、炎に包まれて死んでしまった。後には何も残らなかったって話だよ。
ん? いい所に気付いたね。そう、息子の子供だよ。
息子の子供は火に巻かれなかった。どうしてか分かるかい? その場にいなかったのさ。
どこへ行っていたのかだって? そう急ぐんじゃないよ。この話はその子供の話なんだからね。
ちょっと長くなるけどいいね? じゃあ、始めるよ。
まずは……そうだね。子供はね、自分の住んでいた場所が焼け落ちていた事を知って、呆然自失のまま、延々と山道を歩き続けていたんだよ。いつ死んでもおかしくないような状態だった。けど命拾いしたんだよ。いい人に拾われたからね。そのいい人っていうのは普通の人じゃないよ。見たことも無い絶世の美男美女のキョウダイだったんだよ。
キョウダイって言っても兄弟じゃないよ。ちょっと特殊なキョウダイなんだ。まぁ、このキョウダイの事は追々話してあげるよ。
そうそう。子供の名前を言ってなかったね。
名前は深咲。両親の愛情をたくさん受けて育った女の子だったんだよ。
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