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春風奇譚
〜 業火 〜 Page:0002 
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【一章】業火




あたしの顔は炎に煽られた。熱くて痛い。けれど、そんな事もあまり感じない。
 だって……今はそんな事はどうだっていいんだもの。今のあたしを唯一、支配している感情は全ての拒絶。
 焼けていくあたしのお気に入りの着物、大切に育てていたお花、お家、そして大好きなお父さんとお母さん。
 理由なんてわからない。けれど、あたしの目の前であたしの身の周りにあった全てが燃えているの。
 この業火じゃ助かりっこない、そういう諦めもある。でももしかしたらどこかに逃げているだけかもしれない、そういう希望だってある。
 炎を見つめながら、あたしは小さく口を開いた。吸い込んだ空気は熱くて、喉が焼けつく。体のあちこちが痛くなってきた。
 行く宛なんてないけど、きっと夢だよって自分に言い聞かせて、あたしは歩き出した。
 一日山で遊んで疲れていたけど、まだ動ける。もっとヘトヘトになって歩いて帰ってきたら、きっとお母さんが笑いながらおかえりって言ってくれるに違いないわ。それでお父さんがあたしの話を聞いてくれるの。三人で美味しい夕飯を食べながら、あたしは今日の事を話すの。お山で小さい猪がいて、一緒に走り回った事。お花の輪を作ってお友達の兎にあげた事。
 疲れ果ててもう一度戻ってきたけど、やっぱりそこにお家はなかった。黒く焼け落ちた残骸。所々くすぶってて、きな臭い。まだちょっと熱い空気が漂ってて、あたしは顔を背けた。
 もう動けない。でも、ここにいちゃいけない気がした。
 酷く痛む足を引きずるように、あたしは山を降りる決心をした。山を降りて、それからいろいろ考えよう。どこかの村に着けば、きっと何か思いつく。お父さんとお母さんを捜す事か、あたしが一人で生きていく方法か、どんな名案かはまだ分からないけど……。
 今は何も考えたくないから。今は泣くこともできないけど、悲しんでる暇はないから。
 そんな気がする。
 あたしは何かに追われるように、すっかり暗くなった山を降り始めた。
 どこかで脱げてしまったのか、草履が片方、無くなっている事にその時ようやく気付いた。もう片方も……いらないや。