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絶対王政猶予期間
〜 デットリメンタル ギャンブラー 〜 Page:0001 
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絶対王政猶予期間



■ デットリメンタル ギャンブラー ■



煌びやかな音楽と、優雅に着飾った貴婦人たち。
その繊細な空気を切って、藍は歩を進める。
豪奢に飾られた宴は、長身の美丈夫ではあるものの武人である藍とは全く雰囲気を共にはしないのだが、彼の堂々とした態度は、かえってその場の目をひいた。
好奇の視線は決して悪感情を含むものではなく、その風貌に見惚れる者も少なくはないし、美しい令嬢と目が合えば誘うように微笑まれることもある。
だが、藍はそれらの視線を全く意に介することなく、己の主の元へと向かっていた。
藍の主、この宴で最も高貴な客人である彼は、宴の中心で藍よりもずっと人の注目を集めていた。
それも当然。
藍の主は、白夜という彼より年下の青年は、このフェンネルトの国王の長子であった。つまり、王子様。第一王位継承権を持つ、次期国王となる人物だからだ。
そして、その容姿も人目を引くには十分だった。アルビノ種と呼ばれる、色素を持たない身体は、整った容姿を冷たい芸術品のように見せていながら、彼の柔らかい微笑みがそれを不思議と周りの煌びやかな雰囲気になじませている。
「殿下」
まさかこの場で常の呼び方をするわけにもいかず、一応、臣下としての礼をしてから白夜へと近づいた。
「藍? どうかしたかい」
落ち着いた笑みで少し不思議そうに首を傾げる主に、藍はことさら真面目くさった表情を意識して作りながら、耳打ちをする。
ここで不備があってはならないのだ。
「――――用なんざあるか。馬鹿野郎」
白夜だけに聞こえた悪態だが、彼は全く違う内容を聞いたかのように、僅かに目を見開いて、困ったように彼の回りに集まった人々を見る。
「私のために開いていただいた宴に失礼だとは思うのですが…」
すぐ隣に立っていた壮年の男性に声を掛ける。
「何かございましたかな?」
卑屈なくらい滑稽な態度で男が答える。
作り笑いが見え見えだ。
どうも、こうした雰囲気は藍の得意とするものではなく、早くこの場を去りたいと思う。
「ええ。急な用件で…。すみませんが、退出させて頂きます」
白夜が毒気のない笑みで、しかしそれ以上の言葉を許すことなく、さっさとその場を離れた。会場にいるほとんど全ての視線を集めながら、藍もその後を追った。




野心家と、貴族たちは彼に取り入るためにつまらぬ労を巡らす。
それは藍が白夜の傍に上がって、すぐに気づいたことだった。彼の立場を思えば当然の事なのだろう。彼は、その外見のせいか、先代や今の王よりは抱き込みやすく見えるのかもしれない。
だが。藍は、先代や今の王を知るわけではないのだが、この主より扱いにくい人物など想像もつかないと思う。彼の外面と内面のギャップは既に…詐欺だ。
綺麗に飾られた宴の場は、一触即発の戦場に似ている。
遠回りな腹の探り合いは、藍の得意とするところではない。
「ってか、もっと早くに来いって。クソあのジジィ、うっせーンだよなァ」
扉の閉め、白夜は被っていたネコを剥ぎ捨てたセリフを吐いた。
「白夜、まだそこに人はいるぞ」
「ヘーキ、ここ壁厚くて声洩れないよーになってンだよ」
藍の言葉に、即座に答える白夜。
まぁ、たしかに彼が長年付き合っているネコである。そう簡単にボロをだしたりはしないのだろう。
「あ〜〜〜、肩こる〜〜」
何で、あーゆー席ってのは皆して窮屈なカッコしてンだろな?
どうでも良さそうに嘯いて、大きな欠伸を一つ零す。
さっきまでの貴公子然とした態度は何処に行ったのやら、まるで別人である。
きっちりと閉めたボタンを外して、控えめに飾られていたアクセサリーを投げ捨てる。
「ったく、こんなのもな〜。柳だったら、喜んでするだろうけどさぁ」
「柳ってのは、お前の弟だったな? 」
何かに耐えるように、白夜が床に投げ散らかした物を拾っていた藍が、不思議そうに尋ねる。
「こうした装飾品を好むのか?」
少し、意外な気がした。
白夜の家族だからという理由で、まともな王族に思えないせいだろうか?
藍は白夜の家族にはまだ会ったことがなかった。
白夜に仕えるようになって、既に半年は経っているのだが、都合がつかなかったのだ。
「あれ? 柳にも会ったことなかったっけ?」
「知らんな。記憶にはない」
「へええーええ」
奇妙な声を洩らして、白夜が含みのある笑いを洩らす。
「………なんだ?」
「いーや、そりゃ早めに挨拶させなきゃなぁーって。やっぱ俺の最初の従者だしぃ?」
従者。藍はそれを「下僕」と読む。
そこまで考えて、ふと藍が白夜の言葉の違和感に気づく。
「…最初? お前、今まで他に従者がいなかったのか?」
白夜は22歳である。この歳まで近くに控える者がいなかったというのは、藍には理解し難い。
「そうだけど? 教育係とか侍女とかはいたけどさ。…あぁ、そーいや、藍の国だと生まれた時から付けられるんだっけ?」
藍は、元はフェンネルトと海を挟んで西にある大国ブラッシュの生まれで、そこの王宮警備の一人だった。
ブラッシュとフェンネルトの常識の差は大きい。
「ま、ウチも昔はそうだったらしいけどさ。今じゃ、自分の部下は自分で見つけろってのが、親の教育方針ってかさー」
「…この国は、危機感が甘くないか?」
白夜は何かを考えるように言葉を呑み込んで、つと視線をさ迷わせた。
「急進なんだよな。コレが問題なんだけど」