女の前では平気な顔を繕って見せたが、体の痺れと首に掛けられた力は残っている。
「すまん。」
とりあえず、自分のとった行動の非を認めている藍は素直に謝った。
けれど、白夜はそれを否定する。
「お前じゃねえよ、自分に一番腹がたってンだからな」
「白夜?」
「……なんでもねえ。明日の予定は変えなくていい。ただ服は襟の高いヤツを用意しとけ」
珍しい。
彼が冗談でなく、自分の心情を隠そうとするのは。
「で? どういうつもりなんだ?」
白夜の腕を掴んで立たせる。動きを手伝うというよりは、ジャマなものをどかすような無造作な動作。
「何が?」
「決まっているだろう。あの賭け、だ」
多少、フラつきながらも自分の足で立ち、ベットの端に腰掛ける。
「どうもこうもないだろう? 初めて俺と賭けをした奴が聞く事でもないな」
藍がこれ見よがしな溜め息を吐く。
あのときの賭けもマトモではなかったが、この主の考えは全く見る事が出来ない。
「…それで勝ったとして」
「それはお前次第だろ。きっちり守れよ」
まるっきり人事のように言い捨てる。
藍は思わず頭を抱えた。
「…それで、勝ったとして。あの女が大人しくお前に仕えると思うのか?」
それが一番の疑問だ。
こんな詐欺まがいのやり方で、仕掛けられた賭け。
女が冷静になれば、白夜に仕える素振りで、彼を殺すことを思いつくかもしれない。
「彼女は、自分の主人がいるわけじゃないぜ。あのプライドは自身に向けてるモノだったからな。だったら簡単だろ?」
何気なく言う白夜に、呆れがまず先に立つ。
「お前は…」
「藍」
言葉を遮って、白夜が呼び掛ける。
その笑顔が示すのは、絶対の自信。
「お前は、どういうつもりで俺に仕えてる?」
「―――――…。」
「俺に、本気にならない人間がいると思うか?」
口元に笑みを向けながら、その視線の強さ。
そう、時折見せるこの強さには、たぶん誰も逆らえない。
それが当然とする、彼の、王としての、資質。
「…なるほど」
つい零れる苦笑。
自然と両手が挙がる。
「―――――確かに。いないな。」
完敗。
あの時も。そして、きっと今回も。
彼が、王である自分を見失わない限り、臣下は誰も彼には勝てない。
彼にとっては、ゲームでしかない賭け。
断片でも、藍は、その未来を確信した。
けれどそれは、藍自身のプライドを傷付けるものでもあった。
勝てないのだろう。彼女は。
けれど、それは自分の力の未熟さゆえではないのだ。
それが、藍に求められる唯一の事項でありながら。
すでに思い知っていた真実を、藍はもう一度噛み締めた。
――――それが無意味ではないとは、もちろん知ってはいるのだが。
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