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これからどうなる?−私はこう思う。
目前に迫る、新型インフルエンザの脅威
2006.11.17 更新
*このコーナーでは、『日本の論点』スタッフライターや各分野のエキスパートが耳寄り情報、マル秘情報をもとに、政治・経済・外交・社会などの分野ごとに近未来を予測します。

 地震はいつ起きるか分からない。しかし約10万人の死者を出した関東大震災などを教訓に、地震に対する危機感は広く共有され、対策が立てられている。だが、その関東大震災の数年前、1918〜1920年に、世界で5000万人、国内でも関東大震災の4〜5倍にもなる45万人もの人命を奪った「災害」のあったことをご存じだろうか。当時の新型インフルエンザ、「スペインかぜ」である。

 実は、現在、その新型インフルエンザの再来が危惧されている。H5N1型鳥インフルエンザが東南アジアを中心に蔓延し、鳥から人への感染事例も急増し、このウイルスが新型インフルエンザに変異し大流行する恐れがある。だが、日本では危機感もなく、対策も不十分である。過去の教訓が忘れられ、一見、ありふれたインフルエンザという感染症の本質が理解されていないのである。

 鳥の間で流行する「鳥インフルエンザ」が、遺伝子変異や人への感染を繰り返し、人から人へ容易に伝播する能力を持つことがある。すると、誰も免疫を持たない「新型インフルエンザ」として人の間で大流行する。その後、ウイルスは人の世界に“定着”し、「通常のインフルエンザ」(香港型・ソ連型)として小変異を繰り返し毎年のように流行する。ここで理解すべきは、国内で鳥インフルエンザを根絶できても、いったん世界のどこかで「新型」が発生すれば、全世界に流行し、必ず日本にも侵入するという点である。すでに2006年5月、インドネシアでは限定的な流行とはいえ、「人→人→人」という感染事例まで確認された。「新型」はいつ発生してもおかしくない。5月に急逝したWHO前事務局長・李鍾郁氏も「時間の問題である」と述べていた。

 さらに深刻なことに、新たな「新型」はスペインかぜ以上の被害をもたらす恐れがある。交通機関が飛躍的に発達し、人口密度も3倍以上になった今日の状況のゆえである。しかも、呼吸器など局所感染に留まる弱毒性ウイルスにもかかわらず、あれだけの被害を出したのがスペインかぜだったが、現在、鳥の間で流行しているウイルスは強毒性である。すなわち全身に感染し、血液から脳にも侵入し、多臓器不全、全身重症疾患をもたらす。人へ感染した場合の致死率は現時点で50%以上であり、「新型」として大流行すれば、その被害規模は計りしれない。国連も「最大で1億5000万人の死者」と警告する。

 新型インフルエンザは、発生自体は防ぎようのない「天災」だ。しかし被害を最小限にする方法はある。だが、「タミフルさえあれば大丈夫」は誤解である。重症化を防ぐ効果を期待できても特効薬ではない。国民全員分の備蓄もない。ワクチンも同様だ。むしろ各自、食糧・日用品を備蓄し流行時に外出を控えることが最も効果的な対策となる。米国は、国民に10日間分の備蓄を呼びかける。

 しかし、この場合、電力、ガス、水道などのライフラインの確保が前提となるが、2006年11月1日の衆議院厚生労働委員会で気になるやりとりがあった。流行時の「物流、電力、水等のライフライン確保の具体的対策マニュアルはあるか」という民主党・末松義規議員の質問に、「政府としては、御指摘のようなマニュアルは策定していない」という答弁がなされた。果たして流行時にライフラインは確保されるのか。感染者・死者の同時大量発生が、「新型」の最も恐ろしいところである(スペインかぜは国民の42%に感染)。事前準備が不十分なら、社会機能が麻痺・破綻し、治安の維持すら難しくなろう。単なる「医療問題」ではなく「国家危機管理の問題」なのである。

 小樽市保健所長の外岡立人氏作成のサイト「鳥及び新型インフルエンザ海外直近情報集」をぜひご覧いただきたい。ここで日本のメディアが報じない貴重な情報を入手できる。しかも毎日更新されている。「新型」が発生した場合、少しでもすばやく対応したい筆者は、このサイトを毎日チェックしている。

 さらに調べたい人には、以下の書籍がおすすめだ。

・岡田晴恵編/速水融・立川昭二・田代眞人・岡田晴恵著『強毒性新型インフルエンザの脅威』藤原書店、2006年
・速水融著『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ――ウイルスと人類の第一次世界戦争』藤原書店、2006年
・外岡立人著『新型インフルエンザ・クライシス』岩波ブックレット、2006年 ・M・デイヴィス著/柴田裕之・斉藤隆央訳『感染爆発――鳥インフルエンザの脅威』紀伊國屋書店、2006年

(西本泰郎 にしもと・やすお=ジャーナリスト)


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