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これからどうなる?−私はこう思う。
ツキノワグマの大量出没は続くか
2006.11.30 更新
*このコーナーでは、『日本の論点』スタッフライターや各分野のエキスパートが耳寄り情報、マル秘情報をもとに、政治・経済・外交・社会などの分野ごとに近未来を予測します。

 この秋、各地でツキノワグマの被害が報道されている。なぜクマは人里に出没するのか。私が以前、野生のクマを追跡調査していた秋田県では、4〜6年ごとに堅果類(コナラ、ミズナラ、ブナ、クリなど)が複合的に不作になると里に出たものだが、この認識は今は通用しなくなった。

 クマの大量出没には、飢餓型と肥満型がある。クマが痩せている場合は、堅果類の不作や、台風などによる落果が原因である。いっぽう、肥っている場合は、山奥に多いブナ、ミズナラが不作で、山麓、里山に多いコナラ、クリが豊作、といった豊凶の偏りが原因だと考えられる。とくに、栽培されているクリは集落周辺に多いため、クマが里に下りてくる誘因になる。10月、11月には、柿の実を食べるために民家に近づき、駆除される個体が多くなる。

 私はクマの調査の必要上、ドングリ類の豊凶については常に注意を払って来た。ドングリ類は、酷暑の夏には早熟して落果しやすいものだ。今年の夏、私は広島の山奥に通い、30回ほどクマを見たが、この地方ではブナの落果が長く続いていた。

 こうしたドングリ類の豊凶には、近年の地球温暖化による気温上昇や、異常気象が影響を与えている。もちろん、クマ自身も気象の影響を受ける。ツキノワグマは本来、冷温帯に生息する獣だ。酷暑の夏はクマの異常行動が見られ、思いがけない場所に突出して出没することがある。私が追跡調査した四国では、標高1000m付近を中心に行動していたし、広島、島根県では生息の中心は500m以上で、それ以下になると集落周辺にばかり暮らす「集落依存型」のクマとなりやすい。

 クマの出没の長期的要因としては、このほかに里山の荒廃があげられる。古来、里と奥山を隔ててきた「里山」が雑然となり、その境が不明瞭になったため、大型獣が集落に出没するようになったのである。

 また戦後、拡大造林を推進した結果、現在、スギ、ヒノキ林は、収穫期を迎えようとしている。植林地の成熟は樹冠の鬱閉をもたらした。林床には餌植物が育たず、動物の餌場にはなりにくい。クマや大型獣にとっては不毛地が広がってきたことになる。

 最後に、駆除数の増えた要因として、法律の改正をあげておきたい。1999年、「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」が、地方分権一括法と組み合わされた「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」に替わったため、地方自治体が駆除許可を出しやすくなった。またワイヤー製の足くくりわな、鉄製箱のわなを使用する甲種狩猟免許の取得が奨励され、それまでの銃器の使用より効率よく駆除できるようになった。

 このままいけば、今世紀、ツキノワグマは人里への出没による駆除が増えて、地方によっては生存すら危ぶまれることになるだろう。クマ研究者の一層の奮起と、行政の迅速な対応が望まれる。都市の市民には、中山間地における柿の実の除去や、里山保全活動への参加を期待したい。

 私は多くのクマの殺処分に立ち会って来たが、とりわけ91年晩秋の経験は忘れがたい。撃たれたオスグマの首から夥しい血が噴出し、その足元を濡らした。クマは流れ出る己の血を「ぴちゃ、ぴちゃ」と舐め、己の血の海に横たわった。それは怒りにかられたクマが、一転して死を受け入れた瞬間だった。私は魂を抉られる悲しみに打たれた。

 日本人はクマを、この日本から駆逐するのか、残すのか。野生生物の豊かな生態系を残したいなら、クマを駆逐してはならない。クマを守るためには森全体の保全が必要だ。いいかえれば、クマが守られれば全てが守れるのである。

 仙台、広島、札幌。百万都市にクマがいる国は日本だけではないだろうか。世界に冠たる日本の自然環境を誇るならクマと共存する道を探るべきである。

(米田一彦 まいた・かずひこ=NPO日本ツキノワグマ研究所理事長)


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