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論 点 「都市をどう再生させるか」 2004年版
先人の公的精神を受け継ぐ――それが同潤会アパート建替えの主旨である
[都市開発についての基礎知識] >>>

あんどう・ただお
安藤忠雄 (建築家)
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遺産としての風景をどう展開させるか
 都市に新たな生命を吹き込む〈再生〉を考えるならば、まず最初にくるべきは「都市の未来をどのようにするか」という確かな展望だろう。その上で、その未来のために何が必要か明らかにし、それを都市に加えるために「街のどの部分は残して、どの部分に変化を与えるのか」徹底的に話し合えばいい。それぞれの地域の過去の遺産としてのすぐれた都市や街路の風景をいたずらに損なうことなく、さらにゆたかに展開させていく中で、はじめて自分たちの街の個性が、独自の街づくりが見えてくるだろう。
 一方で都市の建築を長持ちさせ、長期間使い続けることは、地球全体の環境を考える上でも有効である。建築生産のためのエネルギーの削減に繋がるし、取り壊された建築物が廃棄物となって処理される量を減らすこともまた、環境の維持とつながり、地球温暖化の原因である二酸化炭素の排出を減らすことにも役立つ。
 冒頭で述べたように、経済性、技術力、地権者の思惑など、複雑に諸条件が絡み合う、〈再生〉の主題を現実の社会で実現していくのは、決して簡単なことではない。社会と人々の価値観が変わらない限り、同じような再開発が繰り返されていくだろう。
 だが、長い目で見れば、その方向転換は必ず、払った犠牲に見合うだけのものを、都市の未来にもたらしてくれる。現在を生きるものの責任として、私たちは一歩ずつでも、こうした方向に進んでいかないといけない。同潤会青山アパートの建替え計画は、その礎のひとつとなるべき意味、社会的責任を負う仕事だった。
 そもそも青山アパートの建替え構想は、一九六〇年代から、地権者たちの意志によって、何度となく提出されていた。それが、地価高騰の影響などでなかなか進展せず、建物は老朽化するままにまかせられていた。その三十数年来の改築構想が動き出したのが九八年である。土地所有者である東京都が底地払い下げをしたことでようやく地権者たちの望みがかない、今回の建替えに至った。
 状況としてはすでに水道、ガスなどすべての生活設備はほとんど機能不全に陥っており、コンクリート自体の耐久年数も限界を迎えていた。一方で都心部にあって高地価の立地は、商業施設と集合住居の複合体というプログラムと、それに相応しい大量の空間供給を要求する。現状のままでの修復・再生は不可能というより他なかった。
 しかし、鬱蒼とした明治神宮の森から、道の両脇に、それこそ背後の建物を覆い隠すくらいの勢いで、ケヤキの並木道が続いていく青山アパートの風景は、間違いなく、東京が永遠に受け継いでいかねばならない都市の遺産の一つである。かつて明治神宮の森を育て、同潤会アパートをつくった先人たちの公的精神、「都市に集まって生きていく人々の未来のために」力を尽くしたその志を、受け継いだものにしたい。


「心の森が帰って来た」と思うときが「再生」
 事業計画として求められる法規制ギリギリの容積の確保、数多い地権者との意見調整など、厳しい諸条件の中、「地下空間を最大限に生かし、建物の高さを、ケヤキ並木と同程度に低く抑えること」と「表参道の緩やかな坂道をそのまま建物内のパブリックスペースとして取り入れること」の二点だけは、何としても実現させようと頑張った。それが、私なりに精一杯考えた、表参道の同潤会青山アパートの、次の時代への「再生」だった。
 建物の屋上には、高さ二、三メートルで、ちょうどケヤキ並木とつながるような形での屋上植栽を計画している。建物が出来上がってからその緑が育ち、道行く人が「心の森が帰って来た」と、思ってくれたときが、この「再生」の一つの区切りになる。
 都市を消耗品として考えているうちは、いくら都市再生を試みても、結局、その土地の歴史や風土と無縁に、ただ高地価に見合う空間の大量供給をはたすための超高層ビルができるだけである。絶えず記憶が塗り替えられていく土地で、いったい私たちは未来をになう子どもたちに何を伝えられるというのか。
 増殖する複雑多岐な現代の都市を抑え込み、手なずけ、その秩序を再建していこうというのだから、方向転換には時間がかかるだろう。それでも、私たちは道を切り拓いていかねばならない。都市の財産を築くには、そうした積み重ねだけしかないのだから。 


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推薦図書
『東京の都市計画』
越沢明(岩波新書)
「東京人」
〈二〇〇〇年九月号(No.157)〉
「東京人」
〈二〇〇二年一一月号(No.184)〉



議論に勝つ常識
2004年版
[都市開発についての基礎知識]
都市開発と景観保護は両立するのか?



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関連論文

筆者の掲載許可が得られない論文はリンクしていません。
96年以前の論文については随時追加していきます。ご了承ください。

(1998年)いまこそ生活文化の基盤「庭園の島――日本」の夢を実現すべきである
川勝平太(早稲田大学政治経済学部教授)



personal data

あんどう・ただお
安藤忠雄

1941年大阪府生まれ。独学で建築を学び、69年に事務所を開設、本格的な設計活動を開始する。個人住宅から大規模公共建築まで、環境に主題を置く優れた建築作品を多数手がけ、国際的にも高い評価を受けている。97〜03年3月東京大学教授を務める。現在名誉教授。主な建築作品に「住吉の長屋」「六甲の集合住宅」「ベネトン・アートスクール」「淡路夢舞台」など。著書に『建築を語る』『連戦連敗』などがある。02年アメリカ建築家協会(AIA)の「ゴールドメダル」受賞。
執筆者他論文
(2002年)共同体の再構築=「公」の精神の確立こそが日本再生への唯一の道である




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