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論 点 「ヒト胚利用は許されるか」 2005年版
「ヒト胚の尊厳」を理由に難病治療の可能性の芽をつぶすべきではない
[ヒトクローン胚についての基礎知識] >>>

かきぞえ・ただお
垣添忠生 (国立がんセンター総長)
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▼対論あり

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時代の要請によって社会規範は変わる
 近年の医学、生命科学の進歩により、われわれは多くの恩恵を享受することとなった。それと同時に、技術の進歩は生命に関して、かつては考えられなかったような複雑な操作を可能にした。生殖補助医療により、子供を欲する夫婦が、さまざまな形で児(こ)を得られるようになった。死を待つしかなかった人が、移植医療の進歩により社会復帰できる。将来の疾病罹患の可能性も、遺伝子診断で予測できるようになりつつある。
 こうした進歩は、同時に「人の尊厳」という社会が共有している基本的価値観に混乱をもたらすおそれも生じている。その最たる例に「胚(はい)」の取り扱いがある。ヒト胚の取り扱いについては、人の存在や生命を最大限に尊重しようとする社会の基本的価値観を堅持しつつ、同時に、医学、生命科学の進歩による人々の健康と福祉に関する幸福追求の要請にも応えられるような社会規範が求められている。
 総合科学技術会議・生命倫理専門調査会では「ヒト胚の取り扱いに関する基本的考え方について」という主題の議論を過去約三年間、計三二回にわたって重ねてきた。以下は、委員の一人であった私が議論を通じて考えてきたことである。
 「胚」とは何か? ヒトは精子と卵子の受精による受精胚が着床し、胎盤が形成され、胚の成長が続き胎児となり出生する。生物学では、「胚」とは多細胞生物の個体発生初期にある細胞群を指す。
 わが国にはクローン技術規制法という法律がある。「クローン人間を作ってはいけない」という主旨によって作られた法律だ。このなかで「胚」は「一つの細胞または細胞群であって、人または動物の胎内にあって発生の過程を経ると個体に成長する可能性のあるもののうち、胎盤形成の開始以前のもの」と定義されている。
 ヒト胚には受精胚と、核移植および核の初期化という人為的操作によって作成される人クローン胚等の二種類がある。受精胚と人クローン胚は、法律的な取り扱いや生物学的性質において明確な違いが認められる。しかし、胎内に移植すれば人になり得る可能性をもつ、という点では同等であり、「人の生命の萌芽」という点からは同様に位置づけられる。ヒトの胚は、法律上、「人」でもなく「物」でもない。胚は「人」へと成長し得る「人の生命の萌芽」としてこの調査会でも特別に位置づけられた。以下、受精胚と人クローン胚について、それらを研究目的で取り扱うことの倫理的な意味を考えたい。


受精胚の使用には母親の同意が不可欠
 まず受精胚については、これまでの検討に基づき、「研究材料として用いるために新たに受精によりヒト胚を作成しないこと」が原則とされる。調査会では、どんなときにこの原則の例外が認められるかが激しく議論された。第一に、「子供を産みたい、持ちたい」という、人間としての止むに止まれぬ願いに応えるため、生殖補助医療研究の目的での作成・利用はどうか。第二に、現状では具体的な例はないが、先天性の難病に関する研究目的での作成・利用はどうか。第三に、ヒトES細胞の樹立のための作成・利用ならどうか。
 そもそも受精胚は、生殖補助医療の過程で得られる。生殖補助医療では、母体の負担を減らすために未受精卵を一度に複数個採取し、受精させたうえで妊娠の可能性の高い受精胚から選択して順次使用する。そのため、妊娠が成功した場合には、移植されずかつ移植予定のない「余剰胚」が生じる。これが研究目的として使用される。
 したがって、受精胚を研究目的で使用するに際しては、提供者すなわち両親、とくに母親に対する十分な説明に基づく同意が得られれば、余剰胚は重要な研究試料となろう。この場合、説明を担当する研究者には、真摯さが必要なことはいうまでもない。また、提供者に決して心理的負担を負わせることのないよう、あくまで善意に基づく提供を前提とした説明姿勢が求められる。


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論 点 「ヒト胚利用は許されるか」 2005年版

対論!もう1つの主張
ヒト胚利用の恩恵が、いかに多大でも、「倫理」をしのぐことにはならない
鷲田清一(大阪大学大学院文学研究科教授)


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personal data

かきぞえ・ただお
垣添忠生

1941年大阪府生まれ。東京大学医学部卒。東大病院、都立豊島病院等を経て、75年より国立がんセンター勤務。膀胱がんの治療と発がん抑制の研究に従事し、85年高松宮妃癌研究基金学術賞を受賞。同センター手術部長、中央病院長等を経て、現在は総長。今上天皇の前立腺治療にもあたった。政府の「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」の作成に携わるほか総合科学技術会議生命倫理専門調査会委員も務め、日本の最先端医療の舵をとる。近著に『患者さんと家族のためのがんの最新医療』がある。



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