問題になった番組は、2001年1月30日夜に放映された「ETV2001」シリーズの「戦争をどう裁くか」の2回目で、タイトルは「問われる戦時性暴力」。アジア諸国と日本のNGOが開催した従軍慰安婦問題をテーマにした「女性国際戦犯法廷」の取材をベースにつくられた。NHKが企画し、関連会社のNHKエンタープライズを通して制作委託されたものだった。実際に制作したのは「ドキュメンタリー・ジャパン」(DJ)という制作会社で、その制作過程では、昭和天皇が戦犯として有罪判決を受けたり、法廷と称しながら被告側の弁護人がいないなどの内容が外部に漏れ伝わり、放映中止を求めて右翼団体が抗議活動を展開するという騒ぎがあった。
4年前、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の代表だった中川昭一(現在は経済産業相)と事務局長の安倍晋三(自民党幹事長代理)の両氏がこの番組の放映前にNHK幹部を呼びつけ、番組内容の修正を求める圧力をかけたというのが朝日新聞の主張だ。これは、憲法21条で禁じる「検閲」にあたり、放送法3条で違法と規定する番組への「干渉」だとして両氏を批判した。そのうえ、記事を裏づけるかたちで当時、番組の担当デスクだった現職のNHKプロデューサーが内部告発の記者会見をした(同13日)ことから、各メディアがいっせいに報じることになった。
じつは、この番組の内容をめぐり、取材された市民団体「『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク」(バウネットジャパン)は、番組内容が当初の説明と違っており信頼を裏切られたとして、01年7月、NHKとDJを相手取り損害賠償を求める裁判を起こした。東京地裁一審判決(04年3月)は、DJ社に100万円支払いを命じた。その後、双方が控訴し、いまは控訴審の最中である。現在、当事者の中川、安倍両氏は圧力をかけたことを否定、NHKも「自主的判断で編集したもので、改変していない」と反論のコメントを発表し、ともに朝日新聞に抗議し訂正記事を要求する事態に発展した。
朝日新聞は18日、抗議に反論する詳細な検証記事を掲載、NHKと安倍氏が再び抗議するなど、双方の主張は食い違ったままだ。果たして真相はどうだったのか。ただ、これまでの情報を整理してみて浮かび上がってくるのは、NHKが抱えた体質上の問題点だ。大きく、(1)制作現場と幹部の意思疎通が不十分で、最終責任を上層部が負うという体制にないこと、(2)予算、決算や受信料金設定などが国会の承認を経なければならず、このため幹部が過剰なほど政治家に気を遣わなければならない現実がある、(3)昨年に相次いだ職員の不正事件が示すように、内部の監査体制が不十分で、腐敗防止機能がはたらいていない、の3つがあげられよう。
報道の自由に抵触するような露骨な政治の介入があってはならないのは当然だが、今回の事件を通じて明らかになったのは、報道機関としてはあまりにもお粗末なNHKの姿勢である。テーマが何であれ、社内で賛否の議論が行われるのはふつうのことだ。偏向的な報道や自主規制を戒めよ、という指摘もある。しかし、いったん協会(社内)が作品は公共に供する価値があるものだと認めたなら、あるいは信念に裏打ちされたものなら、部下が何をいおうと、政治家が何をいおうと、最終責任者は突っぱねるのが筋であろう。部下は部下で、自分の意思が通らないからといって社内の確執を外部に公表し、それがあらぬ方向に飛び火し、ある意図をもった人間に利用されたとしたら……。そうした事態を起こしたことについて、組織にいようがいまいが、あるいは管理側・現場を問わず、ジャーナリストとして忸怩(じくじ)たる思いを持たないことのほうが不思議だ。この騒動の構造を俯瞰すると、本質は別のところにあるのが見えてくる。
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