住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)とは、住所、氏名、生年月日、性別の4つの個人情報と、その変更の情報を14桁の住民票コードとともに、総務省の外郭団体である財団法人「地方自治情報センター」が一括して管理するシステム。全国民の情報が一元管理され、全国どこの役所の窓口でも住民票の取得が可能になるなど利便性が増すということでスタートした。政府が2002年から進めている「電子政府、電子自治体構築計画」(行政サービスの向上のため、行政手続きのオンライン化や、インターネット活用による情報提供や入手を容易にする)の中核とされている。
この住基ネットは2003年8月に本格稼働したが、プライバシーを侵害される恐れがあるとして、東京都国立市、杉並区、福島県矢祭町が「不参加」を決め、神奈川県横浜市では希望する住民だけが参加する「選択方式」を採用した。今回の裁判は、全国13カ所で約450人が原告となり起こした「住基ネット差し止め訴訟」のひとつで、石川県内に住む28人が国、県、地方自治情報センターに対し、自分たちの個人情報の削除と、1人あたり22万円の慰謝料を求めていた。
1月の住基台帳から母子家庭を探し出し、強制わいせつに及んだ愛知県の事件など、自治体で厳重に管理されているはずの個人情報が簡単に閲覧できることが問題になっていた。今回の判決は、「憲法13条(個人の尊厳)が保障するプライバシー権には、(情報の提供・可否を本人が決める)自己情報コントロール権が含まれ、住基ネットがそれを侵害している」と明確に位置づけたのが大きな特徴だ。具体的には、「行政において、プライバシーの権益よりも住民の便益の方が価値が高いからといって、これを住民に押しつけることはできない」、「住基ネットの効果の程度は未知数である。その必要性は、プライバシーの権利を犠牲にしてもなお達成すべきものとは評価できない」とし、「住基ネットからの離脱を求めた原告に適用する限りにおいて憲法13条に違反する」と判断した。さらに、判決は「住民個々人の膨大な情報が瞬時に集められ、行政機関の前で丸裸にされる状態になり、個人の人格的自律が脅かされる結果となる」と、踏み込んだ表現で住基ネットの問題点を指摘した。
ところが翌31日、名古屋地裁(西尾進裁判長)は同じ趣旨の裁判で、金沢地裁とは正反対の「住基ネットはプライバシー侵害を容易に引き起こす危険なシステムとはいえない」という請求棄却判決をした。総務省は金沢判決に対し、「制度の根幹を覆しかねない判決だ。憲法13条は自己情報コントロール権を保障していない」と強く反発し、控訴する。
金沢判決について、前川徹・早稲田大国際情報通信研究センター客員教授は「失うものよりも行政コスト削減と住民サービス向上など得るものが大きいからやる価値がある。個別の離脱を認めると得るものも小さくなる。日本全体にとって、バランスを十分に考慮した判決かどうか」と批判する。いっぽう、ジャーナリストの桜井よしこさんは「個人情報が危険にさらされているネット時代のなかで、極めて適切な判断。情報管理体制には格差があり、ずさんな自治体から情報が漏れることが考えられる」と評価した(いずれも産経新聞5月31日付)。
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