日露修好通商条約から150周年、日露戦争終結から100年という節目にあたった日ロ首脳会談だったが、懸案の北方4島(歯舞、色丹、国後、択捉)返還問題では、まったく進展はみられなかった。そればかりか、プーチン大統領は、日ロ間の交渉の前提だった平和条約締結後に歯舞、色丹の2島を返還するという1956年の「日ソ共同宣言」にも触れず、「東京宣言」(4島の帰属問題を法と正義の原則を基礎に解決し、平和条約を締結するという93年12月のエリツィン大統領・細川首相合意)の有効性の確認まで避けた。日本側は、4島が交渉の対象であることを明記した共同声明の採択を迫ったが、ロシア側に拒否され、口頭で「双方に受け入れられる解決を目指す」ことで対話の継続を確認したのにとどまった。
いっぽう、領土問題とは対照的だったのが、日ロの経済交流の拡大だ。プーチン大統領の5年ぶりの来日には約100人の経済人が同行し、首脳会談に先立って日本経団連などが主催した「日ロ経済協力フォーラム」に出席した。また大統領も「法律の安定性を高め、行政手続きの簡素化や、税率の軽減も進めている」とロシアにおける投資環境の改善を強調し、日本企業の進出を強く求めた。日ロの経済関係は、トヨタ自動車が6月にサンクトペテルブルクで組み立て工場の起工式を行うなど緊密化を深めつつあり、04年の貿易額は前年比48%増の約90億ドルで、05年は100億ドル突破が予想されている。
ロシア側が領土問題で強硬姿勢に転じた背景には、昨年3月、大統領が71%の高支持率で再選を果たして政権基盤を強めたことや、原油価格の高騰で年率7%の成長を達成するなど経済が好調なため、かつてのように日本からの経済援助を引き出す必要がなくなっていることがある。いっぽう、日本側が従来の「政経不可分」路線から、「重層的アプローチ」、つまり領土問題以外の経済など6領域で連携を深める「日ロ行動計画」路線に転換(03年1月)したため、結果的にロシア側の事実上の領土棚上げを呼んでしまった側面があるのも見逃せない。
プーチン大統領は9月に「4島はロシアの主権下にある。このことは国際法によって確立されている」と主張し、今回の「第2次大戦の結果である」との発言の布石を打っていることや、「善意に基づき方策を見出すのは可能だ」と強調したことにもうかがえるように、ロシア側の真意は、あくまで共同宣言の線に沿い、しかもロシアに主権のある歯舞、色丹両島を善意で贈与したいというところにあるようだ。
しかし、プーチン大統領のいう国際法とは、45年2月の「ヤルタ協定」のことで、これは大戦末期にソ連の参戦を促した米英ソ3国の秘密協定であって、日本に対して法的拘束力はない。また、冒頭発言の「見直しの連鎖」とは、エストニア、ラトビアとの領土問題やチェチェン紛争を指している。何よりも、02年3月の「日ロ間には、国際的な条約や法の上で定められる国境線がない」としたイワノフ前外相の議会演説と矛盾している。
ロシアのこうした強硬姿勢について、拓殖大学海外事情研究所の木村汎教授は、「プーチン大統領の周囲を固めているシロビキ(武闘派)は領土保全を唱える民族主義の信奉者で、大統領は彼らへの気兼ねがある。強いロシアの再建を求める国民の支持や、大統領の生来の慎重な保身術から判断しても、領土問題で日本が期待しているような譲歩は行おうとしないだろう」(東京新聞10月30日付)と分析していた。
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