12月8日、東京証券取引所(以下、東証)で起きた誤発注事件は、コンピュータシステムに障害が生じたときの株取引の怖さを印象づけた。新規上場(マザーズ市場)のジェイコム株を売買するさい、みずほ証券は、「61万円で1株売り」と注文すべきところ、「1円で61万株売り」と誤って入力、ミスに気がついて何度も取り消し注文を出したのに、そのつどコンピュータに無視され、発行済み株式(1万4500株)の約42倍にあたる9万6236株の取引が成立してしまった。当初はみずほ証券の手違いとみられていたが、11日夜になって東証が緊急会見し、間違い注文を取り消せなかったのは、東証の売買システムに不具合があったことが原因だと認めた。
誤発注の修正がなされないまま取引が行われた時間は、約7分間。この取引でみずほ証券の損失額は約400億円の巨額にのぼった。今後、システム障害を起こした東証にみずほ証券、システム設計をした富士通を加えた3者で責任分担割合の協議が行われる。13日には株の買い手に対し、天災や株券不足などの緊急時に適用する非常措置の「強制決済」が行われた。これは、通常だと現金と株券の交換で決済するところを、株券の代わりに現金と現金で交換するもので、1950年の旭硝子株をめぐる投機的な売買を終結させて以来、55年ぶり。ちなみに買い取り額は、1株あたり91万2000円で、公募価格61万円の1.49倍。みずほ証券は、決済価格と投資家が取得した株価の差額を日本証券クリアリング機構(東証の子会社の決済機関)に支払い、機構が株の買い手に売買を取り次いだ98の証券会社に配分し、各社から投資家の口座に振り込まれた。機構によると、この決済価格は誤発注がなければ初値になっていた可能性が高い価格だという。なお、投資家が受け取った差額の利益は、買い値が初値77万2000円の上下10万円の値幅制限の範囲(上限77万2000円、下限はストップ安の57万2000円)のいずれかによって異なり、最安値だと1株あたり34万円だ。
冒頭の五味長官の発言は、「時価総額が500兆円もある世界で2番目の証券取引所にしては危機管理への対応があまりにもお粗末だ」という外資系証券関係者らの批判を意識したものだった。東証は、日本の株取引の9割以上が集中し、米国のニューヨーク証券取引所に次ぐ売買規模を誇る。1878年(明治11年)5月、株式取引所条例に基づいて設立された東京株式取引所が前身で、1949年4月に東京証券取引所となった。2001年11月には会員組織の法人から株式会社化した。東証に、信頼できる安定的な株式市場を提供する使命があると同時に、“資本市場の番人”として相場操縦やインサイダー取引に目を光らせる役目がある。
東証では、さる11月1日には、システム障害で全銘柄の取引が約3時間にわたり停止するトラブルがあったばかり。信頼を失墜させる相次ぐ失態に、金融庁は、証券取引法により報告命令を出すとともに、再発防止を求める業務改善命令を発動し、行政処分を行う方針だ。生え抜きの鶴島琢夫社長の引責辞任は免れず、東証が予定していた自らの株上場は当面凍結される見込み。
今回の大量誤発注の背景には、日本経済がデフレから脱却しつつあるとみた外国人投資家の資金が大量に市場に流入し、取引が活性化していること、またデイトレーダーと呼ばれる個人投資家が急増、インターネットを使い活発な売買を行っていることがある。11月初めには、1日の出来高がバブル期の平均10億株を上回る45億株を数えることもあった。このため、東証はシステムの拡張に追われているのが実情だ。国立情報学研究所の本位伝真一教授は、「システムをつくるときに、人間がどういうミスをするのかをちゃんと考えていなかったことが一番大きい。今のネット社会は、複数の独立したシステムが連携しあう形になっており、複数で多重チェックすることが大事だ。人間の心理状況も含めて対処する人に優しいシステムの開発が求められる」と語っている(読売新聞12月13日付)。
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