天皇の後継者は、皇統に連なる男系男子に限るというこれまでの皇位継承のルールを改め、女性天皇や女系天皇にも道を開く皇室典範の改正法案をめぐって、与野党ともに論議が活発化してきた。日本の歴史と伝統、また文化に深くかかわる制度だけに、政治家個人の思想や哲学が反映され、与党内と野党内のそれぞれに賛否両論がある。ご出産の予定は9月末といわれているが、もし男子誕生となれば、現行の皇室典範では皇太子、秋篠宮に次いで3番目の皇位継承者になる。そもそも皇室典範の改正問題は、現在の皇室に男子のお子さまがいないことから出てきたわけで、今回の慶事は改正案の提出問題、あるいはその時期に大きく影響を与えそうだ。
今夜の紀子さまのご懐妊は、現行の皇室典範の改正を急ぐ必要のないことを補強したようなもので、改正反対派を勢いづかせることになった。皇室典範改正案の取り扱いをめぐっては、最近は、小泉内閣の閣僚である麻生外相や谷垣財務相、自民党執行部内でも公然と反対する者や慎重な意見が出ていた。
皇室典範とは、皇位の継承や皇族、摂政、皇室会議など皇室に関係ある事項を規定した法律だが、1889年に制定された旧皇室典範を改正したもので、現行の皇室典範は1947年に制定されている。しかし、秋篠宮さまの誕生(1965年)を最後に約40年間、皇族に男子が生まれていないことや、次の天皇になる皇太子ご夫妻には、愛子さまはいるが、男子のお子さまがいないという現実がある。そこで、昨年11月、「皇室典範に関する有識者会議」(座長・吉川弘之・元東京大学長、首相の私的諮問機関)は、(1)女性・女系天皇の容認、(2)皇位継承順位は男女を問わず第一子優先、(3)結婚した女性皇族の宮家創設の容認――を柱とする報告書をまとめた。長期にわたる皇位の安定的継承を最優先に検討された結果だった。つまり、有識者会議は、「男系による継承を貫こうとすれば、最も基本的な伝統としての世襲そのものを危うくする」として、女性天皇と女性天皇の子や孫(女系)の天皇即位を容認したといってよい。
父方に天皇の家系を持たない女系にも皇位の継承を認めるとした点について、皇室典範の改正に反対する平沼氏らは、「神武天皇から125代、万系一世の男系を守ってきた歴史と伝統は重い」と主張する。中曽根康弘元首相も、「過去に8人10代の女性天皇がいたが、いずれも皇統継続のピンチヒッターの役目を果たしたのであり、実際その次は男性天皇の血筋を引く男性の皇族が天皇となっている」――いわば過去の女性天皇は、皇統を守るための緊急避難だったと指摘している。
小泉首相が施政方針演説で、改正案の今国会における成立を目指す方針を表明したのに対し、超党派の議員で構成する「日本会議国会議員懇談会」が議員44人を含む約1200人が参加する集会を開き、提出反対を決議(1日)した。また別に、与野党議員173人も反対署名を行ったり、小泉チルドレンと呼ばれる若手議員25人や、民主党の有志議員23人も反対の会合を開くなど、反対の機運が高まっていた。
いっぽう、改正反対の陣営には、郵政民営化に反対した議員や小泉改革路線に反発する議員らが多く参加するなど、反小泉の政局になりそうな様相もみせ始めている。民主党内では、前原代表が「側室制度がない中で、男系が維持できるかどうか、生物学的に疑問だ」と改正に賛成し、意見集約を図ろうとしているのに対し、鳩山幹事長や野田国対委員長は慎重ないし反対で、改正案への対応が対立している。
小泉首相は、こうした事態を憂慮し、6日の役員会で「慎重に、じっくり焦ることなく議論すれば、良識的な判断をされると思う。しっかり勉強した方がよい」と、党内閣部会での改正案に関する勉強会を指示したところだった。ご懐妊の報を受けたのはその矢先のこと。しかしそのあと、「今国会中に成立するように努力したい」と、慶事とは切り離す考えを強調した。だが、「大切なことは静かに見守ることだ」(安倍官房長官)という意見が広がり、改正案提出の是非をめぐる論議は、目下さらに加速されている。
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