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論 点 「中国経済は失速するか」 2005年版
巨象・中国を失業者の大群が襲う――ハードクラッシュの可能性も
[中国経済についての基礎知識] >>>

わたなべ・としお
渡辺利夫 (拓殖大学国際開発学部教授)
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▼対論あり

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七・二パーセント成長は政治的「閾値」
 二〇〇二年一一月に開かれた第一六回共産党大会では、二〇二〇年の国内総生産額を二〇〇〇年の四倍にするという「所得四倍増計画」(「翻両番」)が打ち上げられた。この間の年平均の実質経済成長率は実に七・二パーセントである。低迷する世界経済、危機後かつての元気を取り戻せない東アジアのなかにあって、中国のみがひとり超然として超高成長率を、しかも二〇年にわたって持続しようというのである。
 日本はもとより多くの西側のジャーナリズムは、「所得四倍増計画」の表明を中国指導部の満々たる自信を示すものだと報道した。率直にいって、そのような報道は誤りだといわねばならない。
 七・二パーセント成長は、この成長率が創出する労働需要によって強い労働供給圧力に抗することを可能ならしむる最下限の数値であろう。これを下回れば社会不安の発生を誘い出し、一党独裁体制の根幹を揺るがすという意味での政治的「閾値(いきち)」、これが七・二パーセント成長の本当の意味だと私は捉える。
 今世紀初頭の中国における最大の課題は、失業問題をいかに解消し得るかである。中国の失業統計は都市戸籍をもつもののみを対象とし、農民つまり農村戸籍者はこれに含まれない。中国の公式統計によれば二〇〇一年における都市失業者は、都市就業者二億三九四〇万人のうち六八一万人、すなわち失業率は三パーセント程度だという。これは過小評価である。
 中国語で「下崗(シアガン)」といわれる一時帰休者、企業内失業者などをも考慮に入れた日本総合研究所環太平洋研究センターの推計によれば、都市失業者数は同年において三〇〇〇万人を超え、失業率は一二・三パーセントに及ぶ(今井宏「大量失業時代にどう対処する」――渡辺利夫編『ジレンマのなかの中国経済』東洋経済新報社、二〇〇三年)。


失業者は二〇〇五年末で二億二〇四二万人
 もう一つ、より大きな問題は農村に潜在する膨大な失業者群である。中国の農村労働力は二〇〇一年においてほぼ五億人である。このうち一億六〇〇〇万人以上が潜在失業者だというのが、中国の権威あるシンクタンク・社会科学院の推計である。日本総合研究所の推計では一億七〇〇〇万人前後である。WTO加盟により中国の農業は世界のアグリビジネスとのグローバル競争の下におかれることになるが、競争力をもつ農産物はほとんどない。失業した農民は就業の場を求めて沿海部都市に向かって流動していくであろう。
 中国の二〇〇〇年の人口調査によれば、流動人口は一億二〇〇〇万人を超え、そのうちの三五パーセント、すなわち四二四三万人が省間流動者である。
 主流は中部諸省から沿海部諸省への流動である。流出人口比率の高いのは安徽省、湖南省、江西省、河南省、湖北省であり、流入人口比率が高いのは広東省、浙江省、上海市、江蘇省、福建省である。現在の中国においては省間の所得格差は著しく大きく、最高の上海市と最低の貴州省との一人当たり所得格差は実に一四倍である。
 冒頭に私は、今後二〇年にわたる七・二パーセント成長は現在の中国が政治的に許容しうる最下限の成長率だ、と記した。確かにそうである。再び日本総合研究所環太平洋研究センターの推計を紹介する。
 この推計は、今後二〇年にわたり七・二パーセントの成長率が持続すると仮定し、それが生み出す新規の労働需要の増加数を算出する。次いで国連による二〇二〇年にいたる中国の人口増加推計を用いて新規の労働供給数を割り出す。後者から前者を差し引いた数値がネットの労働供給増加数である。これがプラスであれば失業者数は増大し、マイナスであれば失業者数は減少する。
 二〇〇一年末現在の都市失業者と農村潜在失業者を合計した失業者総数は二億一三四万人であるから、これにネットの労働供給増加数をプラスして将来の失業者数を推計する。
 推計された失業者数は、二〇〇五年末で二億二〇四二万人、二〇一〇年末で二億二六三九万人、二〇一五年末で二億二五二九万人、二〇二〇年末でなお二億一六二四万人である。かりに七・二パーセントという超高成長を今後二〇年間維持するとしても、失業者数は二〇二〇年まで一年たりとも二億人を下回ることはないのである。


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論 点 「中国経済は失速するか」 2005年版

対論!もう1つの主張
中国バブルは抑制できる――内需拡大で北京五輪までは高度成長が続く
沈 才彬(三井物産戦略研究所中国経済センター長)


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わたなべ・としお
渡辺利夫

1939年山梨県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒、同大学院博士課程修了。経済学博士。筑波大学教授等を経て、88年より東京工業大学教授。00年より拓殖大学国際開発学部教授。大学院在籍中に体験した韓国からインドにいたる放浪がアジア研究の出発点。85年、アジア経済の発展と退行のメカニズムを読み解き、アジアの時代としての21世紀を予示した『成長のアジア 停滞のアジア』で吉野作造賞受賞。開発経済学・アジア経済論の第一人者である。ほかに『私のなかのアジア』など著書多数。



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