*このコーナーでは、『日本の論点』スタッフライターや各分野のエキスパートが耳寄り情報、マル秘情報をもとに、政治・経済・外交・社会などの分野ごとに近未来を予測します。
原油価格(WTI原油先物価格)が今月7日、1バレル=62ドルと史上初めて60ドル台を突破し、その後も57ドル近辺で高止まりしている。上値を追う動きはようやく小康状態に入ったが、下落の気配は見られない。投機的な側面も多分にあるが、中国やインドの台頭などによる需要増が無視できない。今後も高い経済成長を続ければ、需要はさらに拡大していくだろう。
一方、供給サイドであるOPECは、需要増に応じる形で今年3月に増産を決定。ところが、原油価格はなお上昇の一途をたどった。実はOPECの生産能力は、70年代からほぼ横ばいのまま今日に至っている。この状態で増産するということは、そのまま生産余力の低下、つまり供給リスクの増大を意味する。実際、90年に、約865万バレル/日あった生産余力は、2004年後半には、30万バレル/日程度(除くイラク)にまで縮小した。ほんとうはこの需給逼迫懸念が油価を押し上げているのだ。
さらに、世界の多くの油田が遅くとも2010年までに生産のピークを越え、以降は減産に向かわざるを得ないとする「オイルピーク」説(2005年1月27日付本サイトで紹介)が、逼迫懸念に拍車をかけている。需要が増える一方で実質的に生産が減退するとなれば、いよいよ人類は脱・石油社会の構築を急がなければならない。
だが最近、これらの懸念を根底から覆すような説が注目されつつある。「石油無機起源説」と呼ばれるものだ。従来、石油は数億年前の動植物の死骸が堆積して化石化し、地熱と地圧の影響を受けて生成されたと説明されてきた。この化石を多く含む泥岩を根源岩といい、その上に堆積物が厚く累積した堆積盆地と呼ばれる場所で、さらにいくつかの条件が整って初めて、油田が形成される。これが有機起源説である。それに対して無機起源説は、もともと地球深部に大量に存在する炭化水素が、地殻の断裂を通じて地表に向けて上昇し、油田を形成したという。これは19世紀末から存在していた説だが、実際、堆積盆地ではなく、その下にある基盤岩の内部から油田が発見される例が少なからずある。
堆積盆地から石油が滲み落ちてきたとも考えられるが、周囲に油田や根源岩がない例がある。だとすれば、深部の炭化水素が上昇したと考えるほうが自然かもしれない。こういう場所は世界各地にあり、そのうち450箇所以上ですでに商業用の採掘が行われているという。たとえばベトナム沖では基盤岩に大油田群が見つかり、なかには、28万バレル/日を記録したところもある。
米国科学アカデミーは2004年9月、実験室内で地球深部を再現し、無機物から炭化水素が容易に生成されたとする論文を発表。また米国石油地質家協会(AAPG)は今年6月、「石油の起源」と題する研究会議を開催し、無機起源説を初めてテーマとして取り上げた。無機起源説は、確実に市民権を得つつあるようだ。
もし無機起源説が正しいとすれば、石油はピークどころか地球内に無尽蔵に存在し、なお生成され続けていることになる。もちろん、その発見・採掘のための投資と技術の確立が大前提になるが、これが世界各国の政治・経済・社会に与えるインパクトは計り知れない。人類はエネルギーに対する認識のコペルニクス的大転換を迫られることになるだろう。
(島田栄昭 しまだ・よしあき=『日本の論点』スタッフライター)
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