十二支で亥年に当たる今年は、4年ごとの統一地方選と3年ごとに半数が改選となる参院選が12年ぶりに重なる。この亥年の選挙は、与党が苦戦したり、予想外の選挙結果が出て政変が起こるなど、「亥年現象」と言われてきた。それを裏づけるように、プレ統一選のひとつ、宮崎県知事選(1月21日投票)で、元タレントのそのまんま東氏(本名=東国原英夫)が、自民・公明両党推薦の元経済産業省課長と、自民党の一部と民主党県連が推薦した前林野庁長官の2人の保守系候補に大差をつけて当選した。タレント知事が誕生したのは、1995年4月、東京都知事に青島幸男、大阪府知事に横山ノックの両氏が当選して以来のことで、やはり亥年だった。
1947年に初めて参院選と統一地方選が同じ年に行われたのを皮切りに、59、71、83、95年と亥年の選挙が続き、ことし2007年は6度目。亥年選挙の大きな特徴は、参院選の投票率が極端に低くなることで、その影響もあってか与党の自民党が苦戦している。これは、自民党を支える地方議員が自分の選挙でエネルギーを使い果たし、国政選挙では十分な支援ができないためとみられている。
過去の亥年選挙をみると、47年の第1回の参院選では社会党が第1党になり、つづく衆院選でも勝ち、社会、民主、国民協同の3党連立で片山哲内閣が誕生した。59年の参院選には創価学会が国政に進出し、6人が全員当選した。初の衆参同日選挙となった83年の参院選では拘束名簿式比例代表制が初めて導入され、サラリーマン新党や福祉党などのミニ政党が出現した。また、95年の参院選では投票率(選挙区)が44.52%と史上最低を記録、当時の野党第1党だった新進党が改選前議席を倍増し、比例選では自民党票を上回った。
宮崎県知事選は、官製談合事件で前知事が逮捕されたあとの選挙だったが、当初有力視された2人の官僚OB候補が、元タレントの候補に7万票差をつけられて完敗した。原因は「敗因は保守分裂」(中川秀直自民党幹事長)というだけでなく、「無党派層の政党離れ」(鳩山由紀夫民主党幹事長)が背景にあった。開票時の各マスコミの出口調査では、支持政党なしの有権者の6割近くと、自民党支持の有権者の3割強が元タレント候補を支持していた。
今回の「宮崎ショック」を受けて、自民党は「無党派対策は改革の情熱と政策だ。参院選でも重視しなければならない」(中川幹事長)と反省、独自候補を立てられず、反自民の受け皿になれなかった民主党も、ともに参院選対策の練り直しを迫られている。参院選の最大の争点は、いうまでもなく自民・公明の与党が、定数242議席の過半数(122議席)を制するかどうかだ。現在、自民・公明で非改選57議席(自民46、公明11)を有するが、過半数に達するには、あと与党は65議席を獲得しなければならない。
自民党は6年前の参院選は「小泉ブーム」で64議席をとったが、3年前は49議席に過ぎなかった。改選議席が66の自民党は、自前で52議席以上を確保する必要があり、そのさい勝敗の分かれ目となるのは29ある1人区の攻防だ。前々回(1人区27議席)は自民が25勝2敗、前回は14勝13敗だった。民主党が、参院与党を過半数割れに追い込んで政権交代への足がかりをつくろうと意気込んでいるのも、自民党が6年前と同じような議席の確保は今の勢いでは、とうてい望めないと見るからだ。
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