坂口力厚生労働相は、「高年齢者雇用安定法」を改正し、現行60歳の定年を65歳に延長する考えを明らかにしていたが、これをめぐって11月12日、「労働政策審議会」(厚生労働相の諮問機関)の雇用対策基本問題部会で、使用者側と労働者側との間で激論がかわされた。この結果、定年延長の義務化は、見送りになる公算が強まった。
定年制は、会社が優秀な労働者をつなぎとめるために、終身雇用や年功序列賃金とセットにした日本型の雇用慣行システムの一つだ。日本では1920年代から大企業で普及し、高度成長期の60年代後半から中小企業に拡大、いまでは9割の企業が採用している。60歳定年は、86年施行の高年齢者雇用安定法では「努力義務」とされたが、98年4月から完全義務化した。今度の65歳への定年延長は、2001年改正で「努力義務」と規定したのを「義務」に改めるものだ。ちなみに、欧米諸国には定年制はなく、米国では「雇用における年齢差別禁止法」で40歳以上の年齢差別を禁じている。
使用者側にとって定年延長の法制化は、人件費の増大につながるだけでなく、リストラ、脱終身雇用の流れに逆行するほか、若年層の雇用機会を奪う。経済界は、坂口提案に対し、「経済の実態を全く無視した議論だ」(奥田碩日本経団連会長)、「日本企業は競争力を維持できなくなり、雇用は減ってしまう」(北城恪太郎経済同友会代表幹事)、「リストラの真っ最中で中小企業は大変苦労しており、大きな影響がある」(山口信夫日本商工会議所会頭)――とそろって反対を表明した。これに対し、労働者側は「いまの定年制は強制的な解雇だ」と反論したものの、結局、使用者側に押し切られたかたちとなった。
一方、坂口厚労相は「いますぐ65歳にしろとは言っていない。20年先には60歳以上の優秀な人材に働いて下さいと頼む時代になる。先を見て発言してもらいたい」と批判した。具体例として挙げたのが、生産年齢人口(15〜64歳)の減少である。2002年に8570万人だったのが15年には7730万人と840万人減り、2025年には1350万人が減ると推計されている。これら若年層の労働力不足は、税収減や年金の担い手が減ることを意味している。
さらに背景として見逃せないのが、60歳定年のままでは、年金受給開始年齢が65歳に引き上げられたことによって空白期間が出てしまうことだ。現行の厚生年金は、男性は1961年4月2日以降に生まれた人、女性は1966年4月2日以降に生まれた人は全員、65歳にならなければ受給できない。それ以前に生まれた人については、何年生まれかによって需給開始年齢が違うが、いずれにしても、早く定年を60歳から65歳に引き上げなければ、無収入の期間ができてしまうわけだ。65歳まで定年が延長されれば、この空白部分が埋まる。
厚労省は、これまで65歳定年延長へ向けた環境整備を行ってきた。2000年度から、65歳までの継続雇用を導入した企業に対し助成金を支給しているが、さらに緩和策として、助成対象に61歳以上に定年を引き上げた企業を加えた。とはいうものの、早期退職優遇制度の採用、リストラなどで経営改善に必死に取り組んでいる企業側は、一律の定年延長は避けたいのが本音だ。
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