3月22日、パレスチナ自治区で反イスラエル武装闘争を続けるイスラム原理主義組織「ハマス」の創始者、アハマド・ヤシン師が、ガザ市内でイスラエル軍に殺害された。パレスチナはこれに激しく反発、「戦争の火ぶたが切られた」(ハマスの政治指導者ランティシ師)状態となり、中東和平のロードマップ(行程表)は、またまた暗礁に乗り上げることになった。
ハマスは、イスラエルに占領されているパレスチナ全土の解放をめざす最大のイスラム過激派組織。ハマスとはアラビア語で「熱情」を意味し、1987年末の住民蜂起(インティファーダ)ののちに創設された。「パレスチナ解放機構」(PLO)の中では、アラファト議長や自治政府のクレイ首相の支持基盤である主流派「ファタハ」とともに中核を構成しているが、平和共存路線を志向するファタハとは闘争方針では一線を画してきた。最近は「アルアクサ殉教者旅団」との共闘が目立つが、社会福祉事業など地道な活動への評価もあり、パレスチナ自治政府を上回る住民の支持を得つつある。このほか主な過激派に「イスラム聖戦」があり、イスラエルとの間で自爆テロと報復攻撃が繰り返されている。
今回、シャロン・イスラエル首相がヤシン師殺害という強硬手段に出た背景には、国内の支持基盤を強化したいという思惑があったといわれる。というのも、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区に分離フェンスを設置し、ガザ市内の入稙地からイスラエル人が撤収することによって自治区を封じ込めるというシャロン首相の政策に、「パレスチナもユダヤ人が神から与えられた土地だ」と主張する連立与党の国家宗教党と国家統一党が反対し、2月23日にわずか1票差で不信任案が否決される一幕があったからだ。即座に「テロ組織と戦うための戦略的決定だ。ヤシン師は自爆テロのゴッドファーザーだった」(シャリーム外相)と殺害を正当化したように、イスラエルの国内世論の不信を取り除くためには、この際、過激派のハマスを徹底的にたたいておきたかった。
だが、国際的にはイスラエル非難の大合唱が起きた。アナン国連事務総長は「国際法違反であるばかりでなく、平和的解決の模索が役に立たない行為だ」と批判、日本も、福田官房長官が「憎悪と暴力の連鎖が拡大し、中東和平および中東地域全体に重大な影響を及ぼすことを懸念しており、イスラエルを強く非難する」とのコメントを発表した。
これまで陰に日向にイスラエルを支持し、パレスチナとの対話によるロードマップづくり(2003年4月)をしてきた米国の立場はとりわけ深刻だ。米国主導で進められたロードマップは、パレスチナ側の暴力やテロの停止、イスラエルのパレスチナへの入植活動の凍結、暫定的境界の設定、パレスチナ暫定国家の設立、最終国境の確定――という双方の了解と具体的な経過を経て、パレスチナ国家を樹立(2005年目標)するというものだったからだ。ブッシュ大統領は、6月のジョージア州でのサミット(主要国首脳会議)において、中東に新たな秩序をつくる「大中東構想」を提案した。歴代の大統領では、初めてパレスチナ国家に言及した人物として、イラク復興と合わせ再選を果たす切り札のひとつにしようと考えていた。しかし今回の事件は、イスラエルとパレスチナの対話を閉ざすことになった。米国がイスラエルの行動を是認しながらも、苦々しく思っているのがわかる。
ロードマップづくりに参加した米国、国連、欧州連合、ロシアの代表が22日夜、カイロで緊急会合を開き、事態の打開策を協議したが、何の声明も出さずじまいで、先進各国が深刻な打撃をうけていることをうかがわせた。29、30日にはチュニジアでアラブ首脳会議が開催されるが、主要議題になるのは間違いない。今回の事件は、パレスチナ自治政府が、自爆テロを含めた武装闘争に走るハマスなど過激派を制御できなくなったという側面もあるが、イスラエルが国際的な孤立も辞さないという強硬な姿勢を改めない限り、中東和平への展望は開けないことが明白になったといえる。
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