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論争を読み解くための重要語
イスラム教シーア派
2004.04.08 更新
イラクのサダム・フセイン政権が崩壊(2003年4月10日)して1年。米英軍中心の「有志連合」によるイラク占領統治は主権移譲プロセスに入ったものの、いまだに自爆テロは後を絶たず、治安情勢はいまなお不安定なままだ。3月8日、暫定政権樹立に向けてイラク基本法(暫定憲法)が制定され、ラクダル・ブラハミ国連事務総長特別顧問がイラク入りし、4月4日には国連の支援も始まりつつあった。イスラム教シーア派の過激派の若手指導者、ムクタダ・サドル師の支持者らの反米抗議デモが連合軍暫定当局(CPA)とイラク各地で衝突、多数の死傷者が出す騒ぎとなったのは、こうしたさなかだった。

 サドル師は、イラク・シーア派の法学者(ウラマー)を輩出した名門の末裔。父サディク・サドル師は、1999年、フセイン政権下で殺害され、イスラム政党「ダアワ党」の創設者である叔父のバキル・サドル師も、80年にやはりフセインに処刑されている。殉教者一家と呼ばれ、熱狂的な信者が多いのはこのためだ。30歳前後の若さだが、昨年6月、私兵組織(マフディ軍)をつくった。信望のあった父を慕う貧困層らが支持者の中心で、バグダッド北東部のシーア派居住区「サダムシティー」は旧政権崩壊後に「サドルシティー」と改称されたほどだ。いまのところ少数派だが、米軍主体の占領行政に不満を持つ失業者らに支持が拡大しつつある。シーア派最高権威(グランド・アヤトラ)で長老(73歳)のアリ・シスタニ師(イラン出身)に対抗意識を燃やしているが、宗教上の地位は低い。

 イスラム教シーア派は、イスラム教徒の多い中東諸国のなかでは少数派(イスラム人口の約20%)で、教義がギリシア哲学やキリスト教の影響を受けていることから、正統を自認する多数派のスンニ派からは異端と呼ばれている。ちなみに彼らの居住地は、人口の95%がシーア派で占められるイランと、60%を占めるイラクにほぼ限られているといってよい。シーアはアラビア語で「党派」の意味で、スンニは「慣行、範例」を指す。シーア派は、預言者ムハマンドのいとこで女婿のアリーとその末裔を後継の指導者として奉じている。スンニ派は、指導者は合意によって選ばれるべきだと考え、コーラン解釈の最終的権威は共同体全体にあるとし、伝承を通して解釈するシーア派とは異なる。イランでは79年のホメイニ革命以降、国民主権でなくイスラム法によって統治する神権政治が行われている。フセイン政権下のイラクでは少数派のスンニ派に弾圧されてきた。

 サドル師の率いるシーア派過激派が反乱を引き起こすきっかけになったのは、反米行動を警戒したCPAが3月下旬、師の側近を拘束し、主宰週刊紙を発禁処分したのに対抗して行われた抗議デモだ。デモは聖地ナジャフなど各地で外国軍と衝突、双方で発砲が起き120人を超す死者が出た。サドル師自身、もともと反米意識が強く、かねてから「敵を震えあがらせよ」と檄を飛ばし、6日には「ブッシュは悪魔の父。徹底抗戦を」との声明を出した。こうしたサドル師の行動に対し、シスタニ師らシーア派の穏健派指導者らは事態の沈静化を図ろうとしている。しかし、CPAはサドル師らの逮捕に踏み切る強硬方針を示し、現在展開している約13万4000人の米軍の増派も検討中だ。ただ、スンニ派の拠点、ファルージャなどでは、サドル師らと連携する反米武装勢力の動きがみられるなど、「もはや半分戦争の状態」(カタールの衛星TVアル・ジャジーラ)で、さらに収拾不能の内乱状態へと悪化する懸念も出始めている。

 日本は、現在、自衛隊の第一次復興支援部隊約570人をイラクに派遣、南部サマワに宿営地をつくり、浄水・給水、医療支援、学校、道路の補修といった復興支援活動に取り組んでいる。だが、シーア派過激派の行動に巻き込まれるのを警戒して、5日以降は宿営地外での活動を一時休止している。福田官房長官は6日の記者会見で「現状を大変憂慮している」と自衛隊への波及を懸念し、「国連が中心的立場で関与していくことが大事だ」と今後の国連関与の必要性を強調した。

 6月30日の主権移譲を皮切りにイラクの本格政権づくりは、今後、本格的な国連の支援を得て、来年1月までに直接選挙の実施、国民議会の選出、恒久憲法の制定、選挙という段取りで進められる。このため、国内では早くも主導権の確保を目指した各党派、指導者(シーア派の最大政党イラク・イスラム革命最高評議会のアブドルアジス・ハキム師、スンニ派の国民民主党ナシル・チャデルチ党首、同イスラム党、同イスラム・ムスリム・ウラマー協会、クルド民主党、クルド愛国同盟など)の動きが活発化している。この先の展開をめぐっては、穏健派のシスタニ師が基本法を「選挙で認知されていない」として認めていないなど、CPAとはいまひとつしっくりいっていないのと、サドル師の存在感や国際テロ組織の動きなど治安の動向を考え合わせると、イラク情勢は極めて流動的に推移しそうだ。



関連論文

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私の主張
(2004年)米国に全権などないことを実証してこそ、日本はイラク復興に協力できる
酒井啓子(アジア経済研究所地域研究センター研究員)
(2004年)有志連合・多国籍軍への参加を視野にイラク復興に取り組むときが来た
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(2002年)すべての国の市民社会は「文明の衝突」という罠にはまってはならない
山内昌之(東京大学教養学部教授)

議論に勝つ常識
(2004年)[中東政策についての基礎知識]
[基礎知識]イラクの復興に日本は何をすべきなのか?
(2002年)イスラム原理主義についての基礎知識
西欧と対峙するイスラム原理主義の世界観とは?



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