4月23日、裁判員法案が、自民、公明、民主の3党によって一部修正のうえ衆院本会議で可決、参院へ送付された。今国会で成立するのは確実で、遅くとも5年後の2009年から施行される。
国民の幅広い社会常識を裁判に反映させることを目的とした裁判員法案は、今回の司法改革の大きな柱だ。20歳以上の無作為に選ばれた国民が、重大な刑事裁判(殺人罪、障害致死罪、危険運転致死罪)に参加して、職業裁判官と一緒に被告の有罪、無罪を判断し、量刑を考える。審理にあたるのは、原則として裁判官3人と裁判員6人。法案が成立すれば、国民約70人に1人が一生のうちに1回は裁判員になる計算だ。
先進国の裁判制度は、「陪審員制」と「参審員制」の2つに大別される。日本の裁判員制は、米国や英国で採用されている「陪審員制」よりも、仏、独、伊で採用されている「参審員制」に近い(各国で人数などが異なる)。陪審員制は、裁判に参加した市民が自ら有罪か無罪かの評決を下し、裁判官が量刑を決めるが、参審員制は、市民が裁判官と一緒に評決し、量刑も二者の合議で決めるというものだ。
じつは、日本でも戦前の1928〜43年、12人の陪審員の参加による陪審員制を採用していた。ところが、陪審員の評決より裁判官の判断が優先され、裁判官が評決やり直しを命じたり、陪審員の罷免もできるなどかたちだけの制度だったため、被告人側の陪審裁判辞退が相次いだ。さらに太平洋戦争の激化によって徴兵が始まったこともあって、陪審員選定も困難になって廃止された。
衆院法務委員会における審議を通じて争点になったのは、「守秘義務の範囲と、違反した場合の罰則」だった。裁判員が守秘義務を守らなかった場合、「懲役1年以下または50万円以下の罰金」を科すという厳しい規定の政府案では「国民の参加への意欲を萎縮させる」(4月6日、参考人質疑で本林徹・前日本弁護士連合会会長)というわけである。結局、この指摘を踏まえ、民主党が懲役の削除を要求し、「1年」を「6カ月」に軽減することで修正合意した。ただし、裁判員経験者が多額の報酬を得る目的で評議経過を外部に漏らした場合は懲役刑の対象とし、報酬をともなわずに漏らしたときは罰金刑とする修正も行った。さらに、評議での意見や評決の内訳、事件関係者のプライバシーといった守秘義務の範囲は、裁判員が終生にわたり秘密を守ることも義務づけている。
もうひとつの争点である「裁判員の辞退の理由」については、政府案では「70歳以上」と「学生」を挙げたのに加え、政令で定める「やむを得ない事由」として(1)重病(2)育児・介護(3)従事する事業で著しい損害を生じる恐れがある(4)社会生活上の重要な用務がある――の4つを示した。また、「思想・信条の自由」にも配慮するとの規定も盛り込んだ。これに対し民主党は、「やむを得ない事由」の線引きが不明確だとして、問題点を列挙している。また、憲法にかかわる「思想・信条の自由」を政令で定めることについては、死刑反対や人が人を裁くことは疑問だなどの理由を認めると、辞退者が無制限に広がる恐れがある――との危惧を指摘した。与党側は「辞退の理由」のあいまいさは、「裁判所の裁量に任せ、運用開始後、一つ一つ事例を重ねていくしかない」としており、民主党も辞退理由を限定するかわりに「国民参加の環境整備を進める」ことを盛り込むことで合意した。これらの課題は参院審議に先送りされることになる。
この新しい司法制度は、裁判員候補として裁判所へ呼び出されたのに応じなかったり、裁判員にもかかわらず公判期日に出頭しなかった場合、10万円以下の罰金が科せられるなど、国民にとっては負担の大きい制度である。それだけに、厳しい義務を負わせるだけでは定着しないし、裁判制度への不信をかえって助長しかねない。環境整備として衆院審議で議論された休業や所得補償、託児施設の整備、一時保育の費用負担、裁判員休暇の導入などを早急に検討する必要があろう。また、迅速でわかりやすい裁判の実現のためには、取り調べ過程の録画録音の採用や、証拠開示の徹底など、綿密な公判準備といった刑事訴訟法の改正も避けて通れない課題といえる。
|