世界の原油価格の高騰に歯止めがかからず、各国の経済活動に影響を与え始めている。米国ニュ―ヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)の原油先物相場は、7月に1バレル=40ドルの大台を突破し、8月16日、指標となるウェスト・テキサス・インターミディエート(WTI)(通称、原油スポット価格)の9月渡し価格が、過去最高の1バレル=46.91ドルとなった。このあおりで日本でも同16日、東京工業品取引所の中東産原油の原油先物相場のうち、取引の中心となっている来年1月渡しの原油先物価格が1キロリットルあたり2万6760円(1バレル=38.36ドル)と、過去最高値を更新した。
原油価格が高騰したおもな原因に、日米欧の主要先進国や、経済成長が続く中国などの需要ペースに、供給が追いつかないことと、世界第2位の産油国であるイラク情勢の悪化、ロシアの大手石油会社、ユコスの経営危機が表面化したことがあげられるが、日本の原発事故などを材料に供給不安が拡大し、需給逼迫を見越した投機筋の資金が大量に流れ込んでいることも、高騰に拍車をかける一因になっている。
石油輸出国機構(OPEC)はこのため、2月に日量100万バレル、ついで7月から200万バレルを増産、さらに8月から50万バレルを追加増産しているが、原油スポット価格はいまのところ高止まりしていて、下落する気配は見られない。この背景には、構造的要因として、世界の石油需要規模8000万バレルの1割強を占めている米国のガソリン需要の旺盛さがある。また、昨年に日本を抜いて世界第2位の石油消費国になった中国の輸入量増大の影響も大きく、2025年には消費量が世界全体の10分の1の860万バレルに達するとみられている。
いっぽう、原油価格の高騰は、金利にも影響を与えている。米連邦準備制度理事会(FRB)の連邦公開市場委員会(FOMC)が、短期金利であるフェデラル・ファンド(FF)金利の誘導目標を6月と8月の2回、0.25%づつ上げ、1.5%と約4年ぶりに引き上げることになった。1958年以来の超低金利政策を軌道修正したもので、エネルギー価格の上昇が、生産の伸びや雇用の改善を減速させる原因となった。日本では、原油価格が歴史的な高値水準にあることから、国内のガソリン価格にはねかえっており、レギュラーガソリンの全国平均店頭価格は、6月に8年4カ月ぶりの高水準、1リットルあたり114円台をつけて以来、高値水準が続いている。これからが需要期の灯油も3月に比べ1缶(18リットル)あたり83円値上がりしている。石油連盟の試算によると、原油価格が1ドル上昇すると、国内石油製品全体で、年間1750億円のコスト増加の要因となり、これに1円の円安ドル高が加わると、国内石油会社の年間利益がなくなるという。
現在、日本は、石油の供給先としてサウジアラビアをはじめとした中東地域に88%を依存している。石油の安定供給を目指す一環として政府が取り組んできたのが、産油国に投資し、共同開発することで権益を確保する“日の丸油田”の確保である。すでに権益を失ったアラビア石油以来4年ぶりとなるイランのアザデガン油田(1959年に発見されたイラン南西部のイラク国境に近い油田で、1998年に公表された。推定埋蔵量は中東最大の260億バレル。ガソリン精製に適さない重質原油が中心)の開発だ。ことし2月、国際石油開発(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構と民間)と国営イラン石油との間で開発契約に調印したもので、事業総額20億ドルのうち75%を日本側が負担し、2008年夏までに日量15万バレル、2012年初めまでに同26万バレルの生産を目指すという。
これに対し、イランの核開発を懸念している米国は、このほど非公式に日本に開発断念を迫り、代わりにリビアやイラクへの投資を要請してきた。米国は「イラン・リビア制裁強化法」で、外国企業のエネルギー分野への投資を制裁対象にしているからで、中川昭一経済産業相は「独自に判断する問題だ」と語るだけで、いまのところ契約見直しへの言及を避けている。ウラン濃縮機器の製造を再開したイランの核開発問題が国連安全保証理事会に付託される可能性もあり、そうなれば日本にとっては米国と軋轢となりかねない。
石油問題に詳しい須藤繁・国際開発センター主任研究員は、「ガソリンがぶ飲み社会の米国が大量消費体質の改善に取り組むほか、中国を消費国の国際緊急時体制に組み込むことが急務だ。将来は関係国間で石油の緊急時備蓄放出制度の導入や相互融通の可能性を検討する必要がある。日本としては、深刻な供給不安に備え、アジア全域を視野に入れた新しいエネルギー安全保証政策への取り組みが求められている」と強調(「日本経済新聞」6月1日付)している。
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