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論争を読み解くための重要語
北方領土返還
2004.09.09 更新
 9月2日、小泉首相は、歴代首相では初めて海上から北方領土を視察した。航空自衛隊機とヘリで根室入りした首相は、花咲港から海上保安庁の巡視船に乗り、国後(くなしり)島の南約18キロまで近づいた。帰港後の元島民らとの対話集会では、「4島の一括返還論では話が進まない。北方4島の日本への帰属を明確にした後、実際の返還は同時期でなく柔軟に考える必要がある」と領土交渉に臨む方針を明言した。

 北方領土――国後、択捉(えとろふ)、色丹(しこたん)、歯舞(はぼまい)群島の4島を視察したのは、鈴木善幸(1981年9月)、森喜朗(2001年4月)の両首相に次いで小泉首相が3人目。来年は日露和親通好条約調印(1885年)から数えて150周年にあたり、1月にはプーチン大統領の来日が予定されている。今回の視察は、日本外交に残された懸案のひとつ北方領土返還と日露平和友好条約の締結に向けて、本格的に取り組む意欲を内外に示したものとみられる。

北方領土は、歴史的にも法的(1951年のサンフランシスコ平和条約)にも日本固有の領土であり、第二次大戦後、旧ソ連によって不法に占領されたというのが日本の一貫した主張だ。現に「日ソ共同宣言」(1956年)には国交を回復し、平和条約を締結後に歯舞、色丹の2島を返還することが明記されている。しかし、東西冷戦時代に入ると、ソ連はポツダム宣言やヤルタ協定を盾に、領土問題の存在自体を否定した。その後も日本は、あくまで4島の一括返還を要求してきた。1993年の「東京宣言」(細川首相とエリツィン大統領)では、法と正義の原則に基づき4島の帰属を画定して平和条約を早期に結ぶことを約束した。1998年には、橋本首相とエリツィン大統領との間で、4島の北側に国境を画定したうえで、施政権を認めるなど、返還の時期・態様は柔軟に対応する「川奈提案」がなされた。また2001年には、森首相とプーチン大統領間で、歯舞・色丹の返還と国後・択捉の帰属を同時に議論する「分離・並行協議」という提案をして領土交渉の打開を目指した。しかし、ロシアは「川奈提案」、「並行協議」のいずれも拒否した。逆にロシアは2001年、平和条約を先に締結し、国境線は別の条約で決めるという「モスクワ提案」をしたが、今度は日本が拒否し、「日ソ共同宣言」から50年たったいまも解決のメドすら立っていない。

 旧ソ連以来、ロシアは領土問題については、一切の譲歩をしていない。第二次大戦のとき、連合国は戦勝国が敗戦国から報復や処罰行為として領土を奪うことを抑制する「領土不拡大の原則」を掲げていたが、スターリン書記長はこれを無視し、約11カ国から67万平方キロメートル(北方4島含む)の土地を取得した。しかしカリーニングラード(旧東プロセイン)、モルドバ(旧ルーマニア領)など、いまだ領土返還に応じていない。ロシアの国家意思はいまも不変のようだ。プーチン大統領は、日本を米国や中国、インドと並ぶ「主要なパートナー」と名指ししながらも、こと領土問題となると「討議を避けるつもりはない」(6月に小泉首相に)と言うだけでそれ以上は踏み込んでいない。むしろラブロフ外相が「領土問題には長い歴史と法的問題がある。世論とも結びついているし、急ぐ必要はない。これは日露関係の一部にすぎない」(6月に川口外相に)と語ったのがロシアの本音と考えていいだろう。

 まず帰属を優先させて、返還に柔軟にという小泉首相の今回の発言は、前述の森前首相の「分離・並行協議」路線を踏襲したものだ。いっぽう、それは鈴木宗男・元北海道開発庁長官らが推進しようとした歯舞、色丹返還で合意して平和条約を締結、経済協力を推進する、という「2島先行返還論」と似ているところがある。この二つの方式はどちらも国後、択捉については条約締結後に時間をかけて取り組むということになって、旧島民らは置き去りにされるとの警戒感が根強くある。政府は、3月に再選されたプーチン大統領の政治力に期待を寄せているが、今回の視察をロシア外務省がただちに批判したり、連立与党の冬柴・公明党幹事長に対し、ロシュコフ駐日大使が「領土問題に固執し、経済協力を後回しにすれば問題解決が遠のく」と牽制する発言をしたことでも明らかなように、ロシアの国内事情もあってこの先、小泉首相の思惑通りに領土交渉が順調に推移しそうにはないといえそうだ。



関連論文

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私の主張
(2003年)戦後処理の忘れ物――北方領土は国家の主権を楯に決着つけるしかない
上坂冬子(ノンフィクション作家、評論家)
(2002年)日本政府が「五六年宣言」に拘泥しつづければ四島返還は困難になる
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[基礎知識]北方領土との民間交流ははたして役に立ったのか?
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