1月30日、イラクで半世紀ぶりの自由選挙になる国民議会選挙が行われた。武装勢力のテロ攻撃により一部で死傷者は出たものの、おおむね平穏に行われ、投票率は60%を超えた。少数派で旧フセイン政権の残党も含むスンニ派の有力政党「イラク・イスラム党」が米国主導に反発して選挙をボイコットしたことで、選挙前の予想通り国民の約6割を占めるシーア派勢力の圧勝に終わった。ヤワル大統領は「民主主義へ踏み出す第一歩だ」と評したが、これでイラクは、大統領評議会の選出、首相指名、憲法草案の作成、新憲法を問う国民投票、総選挙、新政府の発足という次の民主化プロセスに取り組むことになった。
今回の国民議会選挙は、275の議席を全国単一の完全比例代表制で争った。二重投票防止のため、投票者の手には「消えないインク」が塗られ、約1325万人の有権者は、政党や個人が準備した111の名簿に記載された約7500人の候補者から選択して投票した。選挙には「統一イラク同盟」(シーア派の統一会派)、「連合会派イラク」(シーア派世俗政党)、「クルド同盟」(クルド人中心の政党)が政党連合として参加、単独政党では「イラク人」(スンニ派だがシーア派も参加)、「独立民主同盟」(スンニ派の世俗政党)が加わった。しかし、反米武装勢力を率いるシーア派のサドル師グループは投票を拒否した。
選挙後の焦点は、民族の協調体制をどう構築するかだ。失敗すれば部族・宗派間で内戦状態になりかねない。イラクの人口構成は、イスラム教シーア派が全体の60%、スンニ派が20%、クルド人15%、その他5%。まずは少数派のスンニ派をどう取り込むのか。たとえば次期首相はシーア派、大統領はスンニ派、議会議長はクルド人からといった人事のバランスをとる融和体制が敷かれそうだが、クルド人問題は無視できない。今回の選挙で発言権を強めたことにより、処遇に不満があれば改めて分離、独立を求める動きに出ることも予想される。そうなれば国境紛争を抱えるトルコが反発し、新たな火種にもなりかねない。
いっぽう、今回の選挙の結果、イラクと、隣国のイラン(シーア派が人口の89%)およびバーレーン(スンニ派の王族が人口の69%を占めるシーア派を支配)によってシーア派国家の三角地帯が形成されることになり、サウジアラビア、シリア、ヨルダンのスンニ派国家群は、これまでの勢力均衡が崩れるのではないかとの警戒感を持ち始めている。
今後中東情勢のなかで注目されるのは、ブッシュ大統領が「自由を拡大し圧政を終結させる」といった1月20日の就任演説に象徴されるイランの核開発をめぐる動向だ。ライス国務長官はイランを「圧政の拠点」と名指ししているが、その背景には、イラクがイランの強い影響力のもとで"イラン化"されるのではないか、という米政府の強い懸念がある。1月中旬、米国の一部マスコミが米軍特殊部隊がイランに潜入、核開発の拠点を捜索していると報じた(「ニューヨ―カー」誌)が、今後とも中東では不確定要因は払拭できそうもない。
ただ米国は、約15万人の米兵をイラクへ投入し、戦費も年間500億ドル(約50兆円)に達しており、米国が新たにイランで軍事行動を起こすことはいまのところ考えられない。イランの核開発問題では、英国も、フランス、ドイツと組んでイランとIAEA(国際原子力機関)の間で軟着陸を目指した努力を続けている。いっぽう米国としては、まずは治安を回復させ、国連や欧州と協調してイラク情勢を好転させることに全力をあげる方針だ。
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