*このコーナーでは、『日本の論点』スタッフライターや各分野のエキスパートが耳寄り情報、マル秘情報をもとに、政治・経済・外交・社会などの分野ごとに近未来を予測します。
「梅咲けど 鶯啼けど ひとり哉」
俳人、小林一茶が父親を亡くしたあとの寂しさを詠んだ俳句である。小泉首相は、福岡・太宰府天満宮の巫女ら「梅の使節」の表敬訪問を受けたとき(2月10日)、この俳句を引用してみせた。
女性・女系天皇を容認する皇室典範改正案を提出することを施政方針演説で強調(1月20日)しながら、秋篠宮妃紀子さまが第3子をご懐妊した(2月7日に判明)ことによって、提出断念に追い込まれた直後のことだった。小泉首相は、記者団に「最後はひとりで決断しなければいけない」との心境を漏らし、権力者の孤独を表現してみせた。
たしかに小泉首相を取り巻く政治環境は厳しさを増しつつある。その結果、ポスト小泉、つまり後継者を選ぶ9月の自民党総裁選をめぐる情勢が流動化し始めている。何よりも際立つのは、「改革の継承」を後継者選びの基準に据えようとした首相のもくろみが、求心力の衰えに伴って崩れつつあることだ。皇室典範改正問題では閣内にいる麻生外相や谷垣財務相がそろって反対や慎重な発言を繰り返し、安倍官房長官までがだめ押しするような格好で法案の見送りを迫ったのは、その象徴的な出来事だった。
加えて、耐震強度偽装、ライブドア不正経理、BSE米国産牛肉不正輸出、防衛施設庁の官製談合――の4つの事件が、いずれも小泉政治が推進した大幅な規制緩和による負の部分が顕在化したものとして、民主党など野党の攻撃の的になった。首相が頼みの綱にしてきた支持率が低下し始めたのを機に、ポスト小泉の有力候補は、それぞれ微妙にこれまでのスタンスを変え、独自性を発揮し出した。最も目立つのは麻生外相で、靖国参拝問題では「個人の利益よりは国益が優先する」と従来の参拝に積極的姿勢から慎重なものに変えた。(19日)この裏には、靖国参拝が原因で日中関係がギクシャクすることに米政府が懸念を表明していることへの配慮がある。
その点、世論調査でダントツの人気を誇る安倍官房長官が一歩先を行っているのは間違いない。それを裏づけるかのように、小泉首相との関係修復に見切りをつけた中国が次々と要人を送り込み、安倍氏と会談させているのが目を引く。1月18日に中国国際友好連絡会幹部と会ったのを皮切りに、戴秉国外務次官(2月10日)、井頓泉中日友好協会副会長(13日)らと会談した。訪中した中川秀直自民党政調会長も上海の講演(20日)で「小泉首相が安心して引退できるのは、改革の路線と人材を残したからだ」と強調し、後継者は安倍氏だと強く印象づけた。
谷垣財務相は、持論の消費税引き上げによる財政再建路線を譲らず、中川政調会長・竹中総務相ラインによる歳出削減優先路線と対抗している。この背景には、小泉流の政策と一線を画すねらいがあり、かつて所属し、3つに分かれた派閥「宏池会」の再結集を目指す古賀誠元幹事長らの動きに呼応する意図もある。古賀氏自身は「小泉首相の政治手法がこれ以上続くと、日本が滅びていく危うさを大きくする」(12日の講演)と、反小泉の姿勢を明確化させている。
いっぽう、福田康夫元官房長官だが、自身はポスト小泉に名乗りを挙げていないものの、派閥(清和会)のボスである森前首相が「表に立っていないのに、支持率が高い」と福田氏を評価し、有力候補の一人だと持ち上げた(17日のテレビ出演で)。また、もうひとつの動きに、小泉首相と距離を置く津島派が、首相直系の安倍氏擁立の阻止と森派の分裂も狙って、福田氏擁立で動くのではないかといわれていることがある。
少し前までは、昨年総選挙圧勝の勢いを踏まえ、小泉首相が意中の候補である安倍氏を事実上の後継に指名するとの見方が支配的だったが、年明け以降は事情が一変した。いわゆる4点セットで、政治家の関与など新たな不祥事が明らかになれば、首相は9月の任期切れ前に退陣に追い込まれるケースだってないとはいえないからだ。安倍氏としては、首相との“道行き”を避けるためには、今後、小泉首相と意見を異にする場合も出てこよう。とすれば、人気とは別に、本命の安倍氏がほかの候補に後れをとる可能性もないとはいえない。
消去法で行くと、逆にダークホースから有力な対抗馬として、これから急浮上してるのは、小泉路線との違いを打ち出すことで他派閥の協力を得られやすい立場にいる福田氏だろう。中国や韓国との関係改善を願う経済界の支持が根強いのも好材料になっている。これに対し、かつては同じ派閥(宏池会)だった麻生、谷垣両氏は、どちらかに一本化し、反森派の派閥連合が形成されない限り、総裁選に勝つ展望は生まれてきそうにない。
(松本泰高=まつもと・たいこう、政治ジャーナリスト、『日本の論点』スタッフライター)
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