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これからどうなる?−私はこう思う。
どう守る? ネット時代の軍事機密
2006.03.09 更新
*このコーナーでは、『日本の論点』スタッフライターや各分野のエキスパートが耳寄り情報、マル秘情報をもとに、政治・経済・外交・社会などの分野ごとに近未来を予測します。

 自衛隊からの情報流出がとまらない。まず2月23日、海上自衛隊の護衛艦「あさつき」に所属する通信員の海曹長の私用パソコンから、フロッピーディスク290枚分の軍事情報がインターネット上に流出したことが明らかになった。流出した情報の中には、艦艇を識別するコールサインや砲撃の着弾地点を連絡する際に使用する暗号表の一種「側方観測換字表」、さらには日本近隣の国が第三国に侵攻したという想定の海上哨戒訓練に関する「戦闘シナリオ訓練計画」といった、自衛隊法上「秘」扱いとなっている(防衛機密は重要度の高いほうから順に「機密」「極秘」「秘」に分類される)情報が含まれていたという。

 斎藤隆海上幕僚長は謝罪会見で、「秘」情報について「すでに内容の変更を行っており、防衛に与える影響は最小限にしている」と説明したが、乱数表の変更には一カ月はかかるほか、コールサインを変更しても解析の手がかりを与えることになる点では変わらないという専門家の指摘がある。

 小泉首相は防衛庁の守屋武昌次官を官邸に呼んで「国民の信用を失う事案だ」と注意、額賀防衛庁長官も徹底した調査と再発防止を指示したが、現在までの2週間ほどのあいだに、以下に挙げるような情報流出が次々と明らかになる始末だった。

●海上自衛隊:3等海尉ら4人の隊員から流出。中でもイラク支援に参加した輸送艦「おおすみ」の隊員が流出させた情報には、同艦の寄航先などが記されたメールが含まれていた。
●航空自衛隊:2等空尉ら2人から、同期生の氏名・所属が入った名簿や基地警備計画、昇任試験の模擬テストなどが流出。
●陸上自衛隊:4〜5人の隊員から訓練計画や訓練成果の報告書などが流出。

 これらのケースはいずれも、隊員が私用パソコンに取り込んだ業務用データが、ファイル交換ソフト「Winny(ウィニー)」を通じてネット上に流出したものだ。ウィニーは、インターネットに接続したパソコン同士が情報を共有し、登録したキーワードに合致するファイルを自由に検索・複製することができるソフトである。特定のサーバーを経由しないために匿名性が高く、音楽や映画の違法コピーの温床となっているため、開発者は、著作権法違反幇助の罪に問われ公判中である。本来は、公開用のファイルだけが流れるものだが、パソコン内部のあらゆるデータをウィニーを使って暴露してしまうウイルスが登場し、重大情報流出の危険性が一気に高まった。

「あさつき」の海曹長の場合、艦内の電信室にあるコンピュータのデータを無許可でCDに落とし、自宅に持ち帰っていたという。電信室は多くの秘密情報を扱うことから、戦闘情報指揮所より秘密度が高くなければならず、それだけに海自の情報管理の甘さが目立つ。米軍の場合、情報を扱う部署の入り口では荷物検査が行われ、新聞紙と食べ物の包み紙以外の紙類はシュレッダー処理とその後の検査が義務付けられている。防衛庁は再発防止策として、業務用データを扱うノートパソコンをワイヤで机に固定することや、私物パソコンによる秘密情報の取り扱いを全面禁止することなどを打ち出しているが、業務用パソコンの不足から、許可を受けて職場に持ち込まれた私用パソコンは、すでに3自衛隊合わせて約7万台に及ぶ。そのハードディスク内のデータすべてをチェックすることは事実上不可能だ。民間企業の中には、社員にハードディスクのついていないパソコンを支給し、データをサーバーで一元管理しているところもあるほどで、自衛隊の情報管理に関する意識はそれに遠く及ばない。

 そもそも、事務系職員ならともかく、軍事情報を扱う幕僚監部や実戦部隊のパソコンにおいてウィンドウズをOSにしているのが問題だと指摘する声もある。ウィニーはウィンドウズ上で動くソフトだし、できるだけ大勢の人間を困らせる目的で作られるコンピュータウイルスも、ウィンドウズを対象としたものが圧倒的だ。IT技術を生かしたRMA(軍事における革命)により情報の重要度が飛躍的に高まった現代の軍隊において、民生OSを軍事目的に使用するのは危険きわまりないという考え方が欧米各国では主流となっている。日本でも、2003年頃には防衛庁の一部が経産省や総務省と共同で独自OSの開発に動いたものの、コスト削減を名目に民生品利用を求められたとされる。

 古来、情報の収集・分析は軍事と外交の要とされてきた。太平洋戦争の敗因の一つに、日本側の暗号がアメリカに解読されていたことがあげられる。私用パソコンの制限といった次元の対策でなく、OSを含めたコンピュータシステムの抜本的見直しを行わない限り、同様の事件はこれからも起こるだろう。

(高橋 理 たかはし・さとる=『日本の論点』スタッフライター)


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