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論 点 「都市をどう再生させるか」 2004年版
先人の公的精神を受け継ぐ――それが同潤会アパート建替えの主旨である
[都市開発についての基礎知識] >>>

あんどう・ただお
安藤忠雄 (建築家)
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「最初にして最高」だった集合住宅の先駆け
 現在、同潤会青山アパートの建替えに関わっている。二〇〇三年(平成一五年)八月、既存建物の解体がほぼ終わり、本格的な建設が始まった。
 同潤会は、一九二三年の関東大震災後、国内外から集まった義捐(ぎえん)金の一部を基金として設立された日本初の住宅供給組織である。当初は被災者向けの仮設住宅の建設が主だったが、混乱が収まるにつれ、同潤会は時代の求める新しい形の都市住居の建設へと乗り出していった。そうしてつくられたのが、鉄筋コンクリート造りで、欧米の生活様式を取り入れた同潤会アパートである。
 日本の集合住宅の先駆けといわれるが、建物の都市への関わり方から、ちょっとした部分の使い勝手まで、いま見ても実によく考えられていて感心させられる。戦後日本の住環境の未来を牽引するに充分な〈展望〉が、その住空間に描かれていた。「最初にして最高の集住作品であった」という評価ももっともかもしれない。
 その建替えをしようというのだから、私たちも計画の最初から現在にいたるまで、相当な緊張を感じながらやってきた。ただ、そうした重圧は、一方で、これまで以上に深く、強く建築、都市の〈記憶〉という主題について考える機会も与えてくれた。いわゆる〈再開発〉と表裏をなす、旧い建物、街並みの保存の問題である。
 私が携わった歴史的建物の保存に関わる仕事としては、二〇〇二年に完成した、上野の国際子ども図書館がある。明治期につくられた旧国会図書館を改修、一部増築したものだが、興味深いのは、開館後訪れる人が、新築部分よりも、修復され、息を吹き返した〈旧い部分〉のほうを喜び、愛しんでいたことだ。人々は、旧い建物に単なる建築物以上の意味を、さらにいえば精神的な何かを確かに感じている。
 青山アパートでも、建築史的評価以上に、そのアパートのつくり出す街並みの風景が、半世紀以上の年月、道行く人々の心象風景としてずっと生き続けてきた事実を、私たちは真摯に受け止めるべきだと考えた。そこで頭を抱えたのが、この偉大な歴史的建造物とそれを包み込む風景をどのような形で〈残す〉ことができるのかという問題である。現実の社会では、新たにつくるより、旧いものを修復して使い続けていくほうがあらゆる意味で、よほどエネルギーを要するからだ。


経済のみが反映された現代の都市空間
 戦後、日本では、都市もまた投資効果によって判断されるべき〈消耗品〉のように考えられてきた。アメリカ型の大量生産、大量消費に浮かれる社会にあって、経済の途方もない力は、都市、建築にも常なる〈新しさ〉を求め続け、ひたすらスクラップアンドビルドが繰り返されていく――そこに〈旧いものを残し活かしていく〉システムが根付く余地はなかった。
 寺社や史跡など、近世以前のものなら国の文化財保護行政の中で、博物館的に保護されている場合もあるが、明治、大正、昭和初期といった近代以降の街並みは現在も都市の中心部を占めていることが多いため、なかなか救いの手が差し伸べられない。そうして日々の生活の中で人々の意識に生き続けてきた〈風景〉は、容赦なく失われていき――時間的な連続性を持たない、記憶を分断された〈貧しい〉都市空間がつくられてきた。
 現在、経済不況脱出の一つの手立てとして、さかんに〈都市再生〉が謳われている。とりわけ、東京では、これまで凍結されていた再開発計画が次々と動かされるようになり、規模としてはバブル期を上回るスケールで展開している。
 確かに都市経済活性の面では、ある程度の成果を上げているかもしれない。だがそこに、かつて同潤会が示したような、夢と理想はあるのだろうか。全てがそうだというわけではないが、最近の東京の再開発事業を見ると、私には、結局、戦後から続く無秩序な都市開発の域を出ていないように思えてならない。民間企業のリードによることを考えると、むしろより直接的に、経済が都市空間に反映されている感すらある。


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personal data

あんどう・ただお
安藤忠雄

1941年大阪府生まれ。独学で建築を学び、69年に事務所を開設、本格的な設計活動を開始する。個人住宅から大規模公共建築まで、環境に主題を置く優れた建築作品を多数手がけ、国際的にも高い評価を受けている。97〜03年3月東京大学教授を務める。現在名誉教授。主な建築作品に「住吉の長屋」「六甲の集合住宅」「ベネトン・アートスクール」「淡路夢舞台」など。著書に『建築を語る』『連戦連敗』などがある。02年アメリカ建築家協会(AIA)の「ゴールドメダル」受賞。



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