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論 点 「新型学校は成功するか」 2005年版
新時代のリーダーを育成するため、経済界が創る中高一貫校の設計図
[教育改革についての基礎知識] >>>

いそべ・かつ
磯部 克 ((財)海陽学園設立準備財団理事(事務局長))
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▼対論あり

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指導者が育たなかった日本の戦後教育
 二〇〇六年(平成一八年)四月、全寮制の中高一貫教育校が愛知県蒲郡市に誕生する。三河湾に面した文字通り風光明媚な、海風と太陽を満喫できる素晴らしい場所だ。トヨタ自動車、中部電力、JR東海の三社が二〇〇三年一月に発表した構想に基づいて開設準備が進んでいる「海陽中等教育学校」である。
 「新しい学校を作ろう」という発想がなぜ経済界から出てきたのか、との質問にはいつも次のように答えている。
 第一に、独創性に秀でた若いリーダーたちが多数必要であると痛感していること。冷戦終結がもたらした市場拡大が結果として世界的規模の競争を激化させ、低賃金の脅威のなかで競争力を長く維持する必要があることが背景にある。第二に、日本の戦後教育は、経済成長を支えるのに大きな役割を果たしたものの、公平を重視するあまり、この種のリーダー育成という点が重要視されなかったということ。第三に、世界の先進国の教育制度を眺めていると、どの国も例外なくリーダーになり得る素質を持った若人を積極的に発掘し、押し上げるメカニズムが古くから社会にビルトインされている、という事実である。
 二一世紀に入って世の中がますます複雑な様相を呈するなか、経済に限らず政治、外交、学術、芸術等々、近代国家を構成するさまざまな分野でリーダーになる人材が求められている。我々はこの学校で養成する人材がこうした広い分野で活躍することを期待しており、決して経済界で役立つことのみを狙っているのではない。
 「なぜ大学でなく中等教育なのか」という質問も多い。我々の目的が次世代のリーダー育成なのだから、答えは簡単である。中・高の六年間は脳の吸収力が旺盛で最も多感な時期といってよい。社会性を身につけたり、学ぶことの面白さを自覚したりするには最適の年代ということだ。加えて、その目的を徹底させようとたどり着いた我々の結論が全寮制である。


なぜ全寮制でなければならないのか
 二〇〇三年秋には校長予定者として東大名誉教授の伊豆山健夫氏を迎え、「建学の精神」を次の五項目とした。
 (1)高潔で明朗濶達な人材の育成
 (2)基礎学力の徹底した修得
 (3)健全な身体、強靭な意志の涵養
 (4)学問の楽しさを知る教養豊かな人材の育成
 (5)日本の伝統・文化に立脚し、国際社会で活躍できる人材の育成
 これらの理想を実現するためには、全寮制であることが不可欠であり、したがって、寮を全人格教育の拠点とすることにこの学校の最大の特徴を持たせようと思っている。当然、これまでの寄宿舎的寮と性格が大きく異なるため、これを「ハウス」と呼ぶ。教員の資格を持ったベテランの先生方(ハウスマスター)が家族も含め同じ棟に住み、起居を共にし、親代わりとして四六時中生徒に目配りを怠らない。
 いずれにせよ少子化の時代である。ややもすれば過保護に走りがちな親の下で育ってきた少年が、親元を離れ同年輩の仲間と共同生活をする。初めは辛いかもしれないが、良い指導を受けることで自分の行動について節度や忍耐、主体性や奉仕の重要性を覚えることになる。換言すれば、これが社会性ということであって、世に出てリーダーたるべき素質の最も大切な要素に違いない。
 自由と規律の均衡のとれた生活習慣は早く身につけるに越したことはない。ハウス内での交流は縦(異学年)と横(同学年)の拡がりがあって楽しいはずだ。現代っ子であることを慮(おもんぱか)って全員個室の形式を採るものの、決して生徒が部屋に閉じこもることのないよう、中心に大きな交流スペースを用意した。
 次に、我々が重視しているポイントに「基礎学力の徹底した修得」がある。何も目新しくないと言われそうであるが、それだけに重要な鉄則だ。昔から洋の東西を問わず「教育とは各個人の持つポテンシャルを最大限に引き出すこと」と定義されている。どうしたら生徒一人ひとりの能力を開花させ得るのか。ここに基礎学力の修得の重要性がある。
 「読み・書き・そろばん」といわれるが、表現力を養う上での国語、論理的思考を磨く数学、さらには世界共通語となった感のある英語などを基礎と見なし、早い時期に効率的かつ徹底的に詰め込む。ピアノを練習するときの指練習、野球の場合の走り込み、絵を勉強する際のデッサンのようなものだ。
 いまの教育はこの点で間口を不必要に広げている観がある。いまだに「詰め込み」か「ゆとり教育」か、といった議論がなされるが、これは元来二者択一で考えるべき問題ではない。個々の能力を引き出すために必要な余裕、すなわち「ゆとり」を早く持てるように、初めに基礎学力を効率よく「詰め込む」べきなのだ。
 このようにして学問の楽しさを知る入口まで来ればしめたものである。文系・理系を問わず幅広く科目を履修して豊かな教養を身につけるベースとする。ある科目で特に群を抜いた能力を示す生徒には大学レベルの発展的学習が可能となる環境を作る予定だ。また、外部の企業や研究機構との連携を通じ、社会の第一線で活躍する外部講師を活用するなど「生きた学問」に触れる機会を多くしたいと願っている。


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論 点 「新型学校は成功するか」 2005年版

対論!もう1つの主張
学校はサービス業。株式会社立中学校は消費者に上質の教育を提供する
鳥海十児(朝日学園代表取締役社長)


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personal data

いそべ・かつ
磯部 克

1938年、東京都生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。62年、日本碍子(現・日本ガイシ)に入社。米国法人・欧州法人などの代表を歴任し、97年、副社長に就任。03年退任、現在顧問。その間、中部経済同友会代表幹事、中京大学大学院客員教授(経営戦略論)も務め、中部地区を代表する経済人として知られる。その手腕が高く評価され、トヨタ・中部電力・JR東海の3社が出資して05年に開校する中高一貫校・海陽学園の設立準備財団事務局長として実務を統括する。



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