*このコーナーでは、『日本の論点』スタッフライターや各分野のエキスパートが耳寄り情報、マル秘情報をもとに、政治・経済・外交・社会などの分野ごとに近未来を予測します。
1979年の米国スリーマイル島、86年のソ連(現ウクライナ)のチェルノブイリの2回の原発事故は、欧米の世論をいっきに反原発に押しやった。このころ、ほぼ時を同じく原油価格が急落したことも手伝って欧米各国は競うように原発の新設停止もしくは廃止政策を打ち出していた。ところがここへきて、原油価格の高止まりを背景に、大きく潮目が変わろうとしている。
この7月16日、ロシアのサンクトペテルブルグで開かれた主要国首脳会議は、エネルギー安全保障に関する特別文書を採択、原油高にたいしてG8が強い危機感を共有していることを示した。なかでもエネルギー多様化の一環として原子力の利用促進が盛り込まれたことは注目に値する。先の2回の事故以来、欧米の原子力アレルギーは強いものがあり、ドイツ、スイス、フィンランド、イタリアなどが原発の新設停止もしくは廃止を打ち出していたほか、イギリスも95年を最後に新設計画が途絶えていたからだ。
今回のサミットでは、ドイツのメルケル首相が脱原発政策の見直しを進めざるを得ない現実を報告したほか、英国のブレア首相も原発建設を再開する政策転換に踏み切ったことを表明した。また米国のブッシュ大統領はこれに先立ち5月末に「国内で25基の原発建設を検討している」事実を明かした。
世界的にエネルギー需要が伸びているのに対し、原油価格がかつてのバレル20−30ドル台から60−70ドル台へと高騰している。これに対し、石油や天然ガスを原料とする火力発電への依存度が高い電力需要のほうは、大きく伸びることが予想されている。国際エネルギー機関(IEA)は02年に16兆740億キロワット時だった世界の需要が、20年には約60%増の25兆7520億キロワット時に増えると予測している。欧州では、03年夏に熱波に見舞われて以来、エアコン使用の急増で電力需給が逼迫しているし、中国やインドなど経済発展の著しい国々はもとより電力不足だ。石油の高騰は、燃料コストが高い火力発電所の建設を難しくする。加えてその新増設は、地球温暖化ガス削減の取り組みに反することにもなる。現在の原子力発電を石炭などの化石燃料による発電に切り替えると仮定すると、「世界の二酸化炭素排出量は現在の総排出量の三分の一に相当する23億トン増大する」(『石油の終焉』光文社刊)のである。
日本政府が掲げる「新・国家エネルギー戦略」でも、エネルギー利用効率の向上などとならんで原子力発電の推進が柱だ。とりわけ、準国産燃料として期待が大きいのがプルサーマル発電だ。これは、原子力発電所の使用済み燃料からプルトニュウムを取り出し、ウランと混ぜたMOX燃料(ウランプルトニウム混合酸化物燃料)を再び原発の燃料として使うというもので、エネルギーの安定確保に役立つ一方、い放射能を発することから導入に慎重な意見も強い。ここ数年、原発および関連施設の相次ぐ事故で日本の世論は、原発利用には厳しい目を向けてきた。しかし、このところのガソリン価格の相次ぐ上昇もあってか、マスコミ論調にも変化が見られる。九州電力が日本最初のプルサーマル導入を予定している佐賀県玄海町の町長選挙では、推進派候補が先月24日の選挙で当選した。
欧州各国の原発推進のもう一つの背景に、天然ガス輸出を政治的に使おうとするロシアへの警戒がある。また米国や日本には、世界中にエネルギー資源を求めてなりふり構わぬ体の中国への牽制がみてとれる。つまり原子力というのは、これらの国に何かと振り回されずにすむエネルギーであるといってよい。地政学的にリスクの少ない、いい換えれば外交カードを握られるようなことにならない。すなわち政治的に中立なエネルギーだからなのである。
(青山和樹 あおやま・かずき=フリージャーナリスト、「日本の論点」スタッフライター)
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