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論争を読み解くための重要語
公判前整理手続き
2006.05.18 更新
 昨年11月、下校途中の小学女児を殺害したペルー国籍のホセ・ヤギ被告の初公判が、5月15日、広島地裁で行われた。この案件では、公判の迅速化をはかるために裁判所、検察、弁護人の三者によって、8回にわたり事前に争点を絞り込む「公判前整理手続き」が適用され、殺意の有無など争点が5つに整理されていた。弁護側は、心神喪失状態にあったとして殺人罪については無罪を主張していて、短期に集中審理が行われたのち、早ければ6月末にも判決が言い渡される。

 公判前整理手続きは、3年後の09年に「裁判員制度」が施行されるのにあわせ、公判の迅速化を図るために昨年11月に導入された。改正された刑事訴訟法第316条の13は「検察官は、事件が公判前整理手続きに付されたときは、その証明予定事実を記載した書面を、裁判所に提出し、及び被告人又は弁護人に送付しなければならない。この場合においては、当該書面には、証拠とすることができず、又は証拠としてその取調べを請求する意思のない資料に基づいて、裁判所に事件について偏見又は予断を生じさせるおそれのある事項を記載することができない」と規定している。

 つまり、初公判前に、非公開で裁判官、検察官、弁護士が協議し、検察側は捜査段階で集めた証拠を幅広く開示し、検察、弁護双方が主張を明らかにしておこうというわけだ。裁判所はこれを踏まえて争点を絞り込み、審理の計画を立てる。最高裁によると、この手続きはことし3月末までに全国で154件の裁判で適用されたという。罪名別では、殺人や傷害致死、危険運転致死など、裁判員制度の対象になる重大事件が119件、全体の77%を占めた。また、9件出た判決のうち、被告が起訴事実を否認した4件では、起訴から判決までの平均審理期間は約3.2カ月、2004年の9.4カ月にくらべ半分以下になった。

 従来の刑事裁判では、検察側が自らの立証に使う証拠を開示して公判が始まり、弁護側は、証人尋問などで疑問が生じるたびに他の証拠の開示を求め、それに応じて新たな争点や証人申請を追加した。また、公判の都度、次回の審理期日を決めるため、裁判の長期化は避けられなかった。しかし、この公判前整理手続きを適用することによって、連日、審理の開廷ができるようになった。広島地裁では初公判から18日まで連日、審理を行った。

 世間の高い関心を集めたライブドア事件の堀江貴文被告に対する東京地裁の裁判でも、この公判前整理手続きが適用されることになり、10日、第1回の手続きが行われた。スピード決着を期待する弁護側の申し立てによるものだが、弁護側は、ライブドアグループの証券取引法違反(偽計・風雪の流布、有価証券報告書の虚偽記載)について、「粉飾決算について違法性の認識はなかった」などと起訴事実を全面否認し、徹底抗戦する姿勢を示した。争点は、共謀の有無、違法性の認識、投資事業組合を使った企業買収の目的――の3点となる見込みだ。

 公判前整理手続きがはたして審理のスピード化につながるのか。もともと、検察、弁護双方には根強い相互不信がある。弁護士は証拠を逆利用し、検察官は証拠を隠すといった応酬がそれだ。また、検察側が事前に証拠を開示するため、古江頼隆東京大法科大学院教授(東京高検から出向)は「開示証拠を弁護士が検察の弱点探しに使って、争点の明示に協力しないと、かえって裁判が長期化する恐れがある」と危惧する。(読売新聞05年10月31日付)

 ライブドア裁判では、検察側が200点以上の証拠を事前に開示したのに対し、弁護側は、起訴事実は04年の粉飾決算や虚偽発表であり、01年からの経緯は無関係と主張し、約150項目におよぶ釈明を求めた。審理を有利に運ぶための駆け引きではあるが、争点整理に手間取れば、これまで同様に審理が長引く恐れもある。このほか、時間をかけた弁護活動を理由に、多数の証人尋問を行う時間稼ぎも想定される。結局、検察、弁護双方の信頼関係の醸成が公判前整理手続きを成功させるかどうかのカギとなりそうだ。



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