臓器不足の決定的解決手段として、豚の臓器を用いる異種移植が期待されている。しかし、豚では病気を起こさないウイルスであっても、人の体内で新しい病原性を示すようなタイプのウイルスに変異して、これまでにないエマージングウイルスが出現するおそれはないかという、潜在的危険性が問題になってきた。とくに豚にはブタ内在性レトロウイルスが潜んでいる。これが臓器を移植された人の体内で病原性を示すウイルスに変異し、最悪のシナリオでは第二のエイズウイルスになるかもしれないという問題が提起されている。そのため、異種移植の臨床試験を実施する際の安全確保を目的として、WHOの国際指針をはじめ、欧米や日本で国の指針が作られている。 医療による恩恵とウイルスによる潜在的危険性のバランスという難しい問題の解決が求められている。 また、二〇世紀には感染症の制圧という光の部分がクローズアップされたが、二一世紀においては、陰の側面としてのバイオテロが新たな問題となっている。 バイオテロの現実性が認識されたのは、オウム真理教による炭疽(たんそ)菌やボツリヌス毒素の散布であった。米国はこの事態を深刻に受け止め、以来バイオテロ対策を強化してきたが、二〇〇一年に予想もしなかった手段による炭疽菌テロが起きた。一方、日本はバイオテロの危険性を世界に発信した国であるが、バイオテロの危険性に対する認識はいまだに低い。 現在、天然痘ウイルスによるテロが大きな問題になっているが、口蹄疫ウイルスのように、ヒトの健康被害ではなく、家畜への被害を通じて国家経済に影響を及ぼす農業テロも大きな関心事になっている。 さらに遺伝子工学により、自然界には存在しない、危険性の高いウイルスを人為的に作成する技術も生まれている。研究の推進と規制という難しい問題も生じているのである。
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