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論 点 「新種の感染症の発生原因とは」 2005年版
バイオテロ、ブタの臓器移植…。文明の発達が新感染症を蔓延させる
[新型感染症についての基礎知識] >>>

やまのうち・かずや
山内一也 (東京大学名誉教授)
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ペットショップが熱帯ウイルスの発生源に
 一九八〇年(昭和五五年)、天然痘(てんねんとう)は根絶されたが、八一年にはエイズが広がり始め、その後も新しい感染症の出現が続いた。その結果、九三年、世界保健機関(WHO)は新しく出現した感染症もしくはふたたび広がり始めている感染症をエマージング感染症と名付け、それに対する地球規模の監視体制の必要性を勧告した。
 エマージング感染症の中でもウイルスによるものは致死的な場合が多く、国際社会に大きな衝撃を与えてきている。一方、自然界で起きるものだけでなく、医療技術の進展が生み出すウイルス、さらにはバイオテロも問題になっている。
 エマージングウイルスが発生する主な背景には、都市化とそれに伴う森林開発や動物生態系の攪乱、人口増加と農地開拓、世界のグローバル化に伴う人と物の急速な移動、異常気象、生産効率を追求する畜産、ペットブームなど、多くの要因がある。その結果、野生動物と共存してきたウイルスが人に感染する機会が急激に増加してきたのである。紙数に制限があるため、とくに重要と思われるいくつかの事例を紹介する。
 マレーシアで発生したニパウイルス病は、養豚産業の拡大によって、養豚場がウイルスの自然宿主であるオオコウモリの生息地域まで広がったことで、豚に感染が起こり、豚の体内で増殖したウイルスに人が感染した。野生動物と異なり、家畜は人と常に接触しているため、このような伝播は大きな発生被害をもたらす。
 野生動物の輸入は、マールブルグウイルスやサル痘ウイルスのような熱帯雨林に潜むウイルスを現代社会に持ちこんだ。とくにサル痘ウイルスは、米国のペットショップで、アフリカから輸入したネズミからプレーリードッグに感染し、そこから人への感染を起こしたと推測されている。自然界ではあり得ない、ペットショップという野生動物の雑居する環境が発生の場になったのである。
 工業化した食肉産業もエマージングウイルスをもたらす。大規模養鶏は鳥インフルエンザウイルスが鶏の間で伝播する機会を増加させ、人に致死的なウイルスへの変異を促進している。SARSは、食用野生動物産業の拡大によって起きた可能性が高い。食用動物のくず肉を獣脂と肉骨粉に加工するレンダリング産業は、肉骨粉を家畜の濃厚飼料とするリサイクルシステムを作り出し、その結果、BSEが発生した。BSEは近代畜産が生み出したエマージング感染症である。


医療・バイオ技術が生み出すウイルスの危険
 臓器不足の決定的解決手段として、豚の臓器を用いる異種移植が期待されている。しかし、豚では病気を起こさないウイルスであっても、人の体内で新しい病原性を示すようなタイプのウイルスに変異して、これまでにないエマージングウイルスが出現するおそれはないかという、潜在的危険性が問題になってきた。とくに豚にはブタ内在性レトロウイルスが潜んでいる。これが臓器を移植された人の体内で病原性を示すウイルスに変異し、最悪のシナリオでは第二のエイズウイルスになるかもしれないという問題が提起されている。そのため、異種移植の臨床試験を実施する際の安全確保を目的として、WHOの国際指針をはじめ、欧米や日本で国の指針が作られている。
 医療による恩恵とウイルスによる潜在的危険性のバランスという難しい問題の解決が求められている。
 また、二〇世紀には感染症の制圧という光の部分がクローズアップされたが、二一世紀においては、陰の側面としてのバイオテロが新たな問題となっている。
 バイオテロの現実性が認識されたのは、オウム真理教による炭疽(たんそ)菌やボツリヌス毒素の散布であった。米国はこの事態を深刻に受け止め、以来バイオテロ対策を強化してきたが、二〇〇一年に予想もしなかった手段による炭疽菌テロが起きた。一方、日本はバイオテロの危険性を世界に発信した国であるが、バイオテロの危険性に対する認識はいまだに低い。
 現在、天然痘ウイルスによるテロが大きな問題になっているが、口蹄疫ウイルスのように、ヒトの健康被害ではなく、家畜への被害を通じて国家経済に影響を及ぼす農業テロも大きな関心事になっている。
 さらに遺伝子工学により、自然界には存在しない、危険性の高いウイルスを人為的に作成する技術も生まれている。研究の推進と規制という難しい問題も生じているのである。


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personal data

やまのうち・かずや
山内一也

1931年神奈川県生まれ。東京大学農学部卒。北里研究所、国立予防衛生研究所勤務、カリフォルニア大学留学等を経て、79年東京大学医科学研究所教授に就任。現在、日本生物科学研究所主任研究員、東京大学名誉教授。専門はウイルス学。人獣共通感染症や生物兵器の歴史に詳しく、日本におけるBSE研究の第一人者。英国でBSEが発生したときは現地で実地調査に当たった。著書に『エマージングウイルスの世紀』『プリオン病の謎に迫る』『忍び寄るバイオテロ』などがある。



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