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論 点 「テロから都市を守れるか」 2006年版
予防こそ最高の危機管理である――日本版CIAの創設を急げ
[テロについての基礎知識] >>>

さっさ・あつゆき
佐々淳行 (初代内閣安全保障室長)
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▼対論あり

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テロは欧米の植民地支配に対する報復
 一〇世紀刻みの歴史観で今のイスラム原理主義のテロリズムの原因を探ると、人はみなハンティントンの「文明の衝突」だとか、十字軍に遡るキリスト教とイスラム教の「宗教戦争」だときめつけ勝ちだが、少し違うと私は思う。二、三世紀という刻みでみると、アフガニスタン、イラク戦争が引き金となったアラブ・アフリカの一九世紀における被征服民族の欧米帝国主義諸国の植民地支配に対する報復、遅ればせの、つまり反帝戦争だと思う。
 二〇〇五年七月のロンドン地下鉄バス爆破テロは、中東、インド、パキスタン、東南アジアなど世界の三分の一を植民地化して莫大な富を搾取した英国に対する二世紀越しの反帝勢力の復讐であり、9・11同時多発テロ以後はいつ起きても不思議のない情勢だった。二〇〇四年三月に列車爆破テロにあったスペインの植民地支配の歴史はもっと長いし、テロ組織に名指しされたイタリアもムッソリーニのエチオピア侵略がある。
 アメリカだって、いまは人権擁護だの領土的野心はないだの、きれいごとをいっているが、それは公民権運動が国の政策となって以後の話で、何百万という黒人奴隷の人身売買、西部開拓によるインディアン滅亡、それが太平洋岸に達した後もウエストワード・ムーブメントは続き、一九世紀末にハワイ王国を併呑し、米西戦争、米比戦争をやってまでフィリピンを植民地化している。一九〇五年日露戦争で日本の勝利確実とみるや、セオドア・ルーズヴェルト大統領はタフト陸軍長官(後の大統領)を日本に派遣し、時の総理桂太郎との間に「桂・タフト秘密協定」を結んで、日本の朝鮮半島の優越的支配を認める代わりに日本に米国のハワイ・フィリピン併合を相互承認させている。
 イラク戦争参加を拒否した独仏も、一九世紀は植民地獲得に狂奔していた。だがドイツは第一次大戦でコンゴ、青島、南洋諸島を失うなど早々と罰を受け、フランスも仏印三国、とくにベトナムのディエンビエン・フー、アフリカのアルジェリア紛争で厳しい報復を受け、ドゴール大統領の一大決断で二〇世紀中に禊(免罪符)をすませている。
 イスラエルを建国させ、ユダヤ対イスラムの四回に及ぶ戦争でも解決できない宿怨と憎悪の殺し合いをユダヤ寄りの姿勢で続けさせているアメリカや石油利権をはじめ旧宗主国としての既得権益を手放さないイギリスの罪は独・仏・伊・西(スペイン)・葡(ポルトガル)・白(ベルギー)よりはるかに重く、イスラム原理主義テロリストの憎悪は根深い。


日本が標的になる可能性は低い
 このような観点から「アル・カーイダの東京テロ」の可能性を読むと、日本は怨みを買う覚えがない。十字軍も「文明の衝突」も、植民地支配も奴隷売買も一切関係ない。中東石油の最大の顧客であり、アフリカ諸国へのODA援助大国でもあり、イスラエル問題でも等距離外交――国連中心主義の美名の下での日和見――である。
 中東・アフリカ問題についてイノセントだが、その分、中国・韓国・北朝鮮については十字架も背負っている。シンガポール、フィリピンもそうだ。太平洋戦争で日本が米英仏蘭から全部肩代わりし、二〇世紀のアジア植民地民族の宿怨を一身に受けている。靖国、南京、従軍慰安婦などの諸問題を永遠に未解決の日本の罪だというなら、なぜ阿片戦争、香港租借、遼東半島(独露)などの罪も論じないのかと、中国の内憂を外患に転ずる共産党政権の自己矛盾を憤る昨今だ。
 話をテロ対策に戻すと、イスラム原理主義の自爆・CBR(化学・生物・核)テロが、非常に高い優先順位で東京に指向される可能性は少ない。中韓の宿怨は政治・外交的なものでテロの可能性はきわめて低い。
 サマワへの陸上自衛隊の派遣は、国連決議にもとづく人道支援、イラク復興支援であって、派遣された自衛隊は一人のアラブ人も殺傷していないし、武力行使はおろか、一発の小銃さえ発射していない。日本は甘くみられ、馬鹿にされることはあっても怨まれることはない。
 アルジャジーラ放送局が「アル・カーイダがイラク派遣国日本も攻撃対象だ」といったこと、そしてフランス偽造旅券を携えたデュモンとよぶ中堅幹部が四回も日本に密出入国して財政支援網の組織化を計っていたことなどから、「新幹線爆破」とか「六本木ヒルズ攻撃」など不穏な情報が流れ、警備当局は厳戒体制を布いている。だが、イスラム原理主義テロにおける「アル・カーイダ」とはオサマ・ビン・ラディン率いる一つのテロ集団である。「アル・カーイダ」とは幕末における「尊皇攘夷」と同じ象徴的代表的呼称であって、「タリバン」「PFLP」など種々雑多なテロリスト集団が存在し、その攻撃目標として日本の優先順位は高いとはいえない。だが最高の危機管理は「予防」である。


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論 点 「テロから都市を守れるか」 2006年版

対論!もう1つの主張
テロ対策に名を借りた過剰防衛が未曾有の監視社会を現出させる
斎藤貴男(ジャーナリスト)


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さっさ・あつゆき
佐々淳行

1930年東京都生まれ。東京大学法学部政治学科卒業後、警察庁に入庁。在職中、東大安田講堂事件、連合赤軍浅間山荘事件、金大中事件、連続企業爆破事件などの捜査指揮に当たったことで知られる。77年防衛庁に出向し、防衛施設庁長官などを歴任した後、86年初代内閣安全保障室長に就任。89年退官。「危機管理」という言葉の生みの親。著書に『完本 危機管理のノウハウ』『連合赤軍「あさま山荘」事件』『重大事件に学ぶ「危機管理」』『インテリジェンス・アイ』など多数。



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