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論 点 「東京裁判をどう評価すべきか」 2006年版
日本人よ、東京裁判と訣別せよ。過去への問いを歪めないために――
[東京裁判についての基礎知識] >>>

ふくだ・かずや
福田和也 (文芸評論家、慶應義塾大学教授)
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アメリカにとって戦争は善が悪を倒す行為
 東京裁判――極東国際軍事裁判の思想的淵源をたどっていくと、アメリカという国のなりたちに行きつきます。二〇世紀なかば以降、今日にいたるまでアメリカが国際社会の主導権をにぎりつづけていることと、東京裁判が日本人のみならず、国際世論をまで呪縛し続けていることには、切り離すことのできない深い関りがあるのです。
 第一次世界大戦でアメリカ派遣軍司令官J・パーシングは、ドイツからの休戦提案を拒絶してベルリンまで進撃し、カイザーを裁判にかけるべきだ、と主張してヨーロッパの指導者たちを呆れさせました。旧大陸の、成熟した価値観から見れば、戦争とはクラウゼヴィッツが定義した通り、「外交の延長」にほかならず、各国が力ずくで自国の利益を追求する営為にすぎません。善悪をいいだせば、たがいに臑に傷を持つ身であるし、なによりも勝負がついた後に、敗者をいたぶるのは騎士道精神に反する、下品な行為としか思われなかったのです。
 けれども、アメリカにとって戦争は――たとえ、それが本質的には営利を追求するための行為であっても――善が悪を倒す行為でなければなりません。敗者は、倒されるだけでなく、悪として、邪なものとして罰されなければならない。
 南北戦争の終結後、北軍は南部連合の大統領デービスを逮捕し、足に鎖をつけて牢屋に入れ、裁判にかけました。デービスは、牢内で飼い葉桶から水をのまされるなど、かずかずの侮辱、虐待を受けたといわれています――東京裁判でも、A級戦犯にたいして虐待が行われました――が、こうした敗者の遇し方は、ヨーロッパ的基準から見れば野蛮でしかない。
 アメリカが、戦争にたいしてこうした態度で臨むのは、そもそもアメリカは祝福を受けた国である、神に選ばれた者たちの土地である、という意識に根ざしています。ピューリタンの初期植民地で、魔女狩りや火あぶりが行われたことは有名ですが、それだけ彼らは自らの正義にたいする確信と悪にたいする戦いに憑かれていた、といえるでしょう。


連合国の訴追対象はドイツの残虐行為
 アメリカ人の好きな言い回しに「Manifest Destiny=明白な使命」という言葉がありますが、戦争は彼らにとって、自らの「使命」を証したてる営みにほかなりません。第一次世界大戦においては、脇役にすぎなかったアメリカは、第二次世界大戦において主役になります。ここにおいて、戦争にたいする、ヨーロッパ的功利主義は一掃されて、アメリカ流のピューリタニズムに席巻されます。
 戦争をめぐる環境も変化していました。ソビエトのように、戦争にイデオロギー的な正統性を求める国も登場しましたし、軍事技術の発展によって、一般市民の被害が莫大になりました。戦争がプロ同士の戦いではなく、無辜の市民、女性や子供を巻き込む殺戮行為に変化したために、政治家は勝利だけではなく、有権者の復讐感情をも満たさなければならなくなりました。そのため、敗者にたいするアメリカ式のあしらいに同調したのです。もちろん、アメリカに追随する利点が大きかったのですけれど。
 大戦中すでにアメリカの主導のもと、連合国は、戦争犯罪人を処罰するという方針を固めていました。ユダヤ民族の隔離や強制収容所への移送といった、ドイツ軍が占領地でおこなった蛮行が、こうした趨勢を正当化しました。四三年一〇月、連合国戦争犯罪委員会がロンドンに設けられましたが、留意すべきはこの時点ではあくまで訴追の対象とされたのは、いわゆる戦争犯罪、残虐行為であり、そうした行為に責任がある軍人やナチス党員を対象にしていたことです。残虐行為は、第一次世界大戦においても、ごく一部ですが、起訴されています。
 けれども、ドイツの降伏後、英米仏ソの四カ国の会議できめられた「重大戦争犯罪人の訴追および処罰に関する協定」(いわゆるロンドン協定)では、戦争犯罪以外に平和に対する罪をも罰するとしました。戦争計画にかかわった指導者とその共犯者は、計画の実行において生起したすべての犯罪に責任がある、と定めたのです。
 一九四五年八月一〇日起訴状が発表され、ゲーリンクをはじめ二四名が起訴されたニュルンベルク国際軍事裁判の審理は、四〇三回に及ぶ公判を経て、翌年九月末に途中自殺または病死した二名をのぞく二二名に判決が言い渡されました。絞首刑が一二名、終身刑三名、有期刑四名となり、三人が無罪となっています。


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ふくだ・かずや
福田和也

1960年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科仏文学専攻修士課程修了。現在、同大学環境情報学部教授。日本文化を論じる気鋭の批評家として活躍している。93年には初の文芸評論集『日本の家郷』で三島由紀夫賞を受賞した。『いかにして日本国はかくもブザマになったか』『総理の値打ち』『地ひらく』『遥かなる日本ルネサンス』『なぜ日本人はかくも幼稚になったのか』『魂の昭和史』『日本人の目玉』『価値ある人生のために』『俺の大東亜代理戦争』『美智子皇后と雅子妃』など著書多数。



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